義母の冬子を山中で押さえ込む輝久
その道はいくつもの枝道に別れ地元民でも一旦迷い込んだら抜け出せないだろうと言われる程果てしなく続いていることを輝久は幼いころより聞かされていた。
だが、逃げ出すことに執念を燃やす冬子にとって追っ手に掴まったとなればもう二度と街の灯を見ることなどできない。 とにかく後先考えないで逃げることに必死だった。
田圃の畦道から別れ峠の方面に向かったまでは良かったが何処かで道を間違ったようで何時まで経っても峠に辿り着かない。 冬子は焦った。 焦るあまり思考が混乱し元来た道を辿るつもりがそのまた先で別の枝道に迷い込んでしまっていた。
こうなったのにも理由があった。 金衛門は己の欲得以外で働くことを嫌がった。 自宅から山越えの道はどんなに荒れようと道普請など一切行わず荒れるに任せていた。
一家の誰かが勝手に鍬など持ち出し道普請しようものなら殴る蹴るを散々やらかす。 そういった漢だった。
輝久も家出した彼の母 蔦世もだから歩くのに難儀ではあっても一切そのことを口にしなかった。