最果ての島

比田勝の港から望む玄界灘はそこから見ても白波を立て荒れ狂っているが、はるか彼方は春霞だろうか、幾分かすんで見える。 天候に恵まれたと表現したほうが良いのだろう、うららかな春の日、初めて訪れた見知らぬ土地で加奈子は冷たい風の中にあって加奈子は暖かな春の陽射しを感じていた。
春の柔らかな風に誘われるように、加奈子は目的地に向かって歩き出した。 思い切っていつものような街穿きの靴ではなくスポーツシューズにしてよかったと思った。 フェリーを降りた時からして地面は海風の影響からなのか、ひどく荒れていたのである。 おまけに平坦地が極めて少ないように思えた。
フェリー乗り場から目的地に向かって歩き始めて間もなく、街並みが途切れ、道の脇から山に至って切り立った崖状になっていて、まるで樹海でできたトンネルをくぐるようなありさまで、しかももうそこからもうかなりの勾配の上りになっていたのだ。 おまけに嵐が過ぎ去った直後からなのか、街中であっても人通りはほぼ絶えており、街を外れるといよいよもって人や行き交う車の姿は皆無となった。 ヒッチハイクでもいう考えが甘かったことに否応なく気づかされた。 仕方なく空を見上げながら歩いた。 抜けるような青空がどこまでも続いていた。
失恋後、自分を見つける旅に出た加奈子

恋愛は何度かしたが長くは続かなかあった。 そういったことは好きなので様々な手を使って秘かに相手探しをした。 合コンも社内外を問わず誘われれば素直に応じた。 だが、年数を経るにしたがって居心地が悪くなった。 相変わらず会社側は加奈子を宣伝広告に使ってはくれるが、それとていつまでもこんな調子で年齢を経ててもいけないことはわかっていた。 わかってはいたがちやほやしてくれる人が周囲にいるというだけでこういった生活を止められなかったのだ。
「今度紹介する相手はイケメン」
などと誘われると、まだ見ぬ将来の旦那像を求め、つい出かけてしまうのだ。 車内で異性と恋愛問題でトラブルを引き起こせば、もうそれだけで居づらくなるので、加奈子は表面上は極力社外の男との出会いを求めた。 見栄っ張りゆえに、いわゆる3高と呼ばれる男たちが来てくれることを期待し、合コンを繰り返した。
しかし、見た目が良いからと言って、心までそうとは限らない。 ちやほやされ育ってきたがゆえに他人の痛みを感じたこともない。 そんな奴らは平気で無神経な言葉を口にする。
美宇田浜で出会った西郷どん

ついでのことに辺りを散策しようと背後の藪に踏み入りかけてギョッとした。 何かが藪の中をガサゴソと音を立て歩き回っているのだ。 まさか対馬山猫?と音がした藪に分け入り更にギョッとした。 まるでゴキブリの大群を思わせるほど無数のフナ虫がそこにいた。
これほど自然が豊かならひょっとして海岸線にお宝が転がってと、独り語ち。 砂浜の先の岩場にまで足を運んでみると、水面上に水中から何かが顔を出すのが見えた。 ほんの一瞬海水に足をつけただけで飛び上がってしまうような冷水の中で泳ぎまわる人を見つけてしまって驚いた。
地元の漁師なら寒いとか言ってられないかもと、とりあえず水上に顔を出すのを待って目と鼻の先の岩場から声をかけた。
「あの~、すみません。 さっきから幾度も潜ってらしたんですが、何を獲ってらしたんですか?」
隣村への蔑視
やっと地元の若い漁師さんを捕まえて場所を訊くことが出来たが、
「うん? どこな? どこへ向かいんしゃる?」
男は魚を扱っていて汚れたであろう手を、腰にぶら下げたタオルで拭きながら加奈子に躰を摺り寄せるようにし尋ねた。 加奈子は観光パンフレットの地図を見せ、予約を入れてある民宿を指し示しこう述べた。
「ここです。 この、大浦さんって方の民宿です。 この道に沿って進んだら辿り着けますか?」
ごく普通にものを訪ねたつもりだった。
ところが男は当初地図を覗き込んでくれてはいたものの、その場所が鰐浦とわかったところで地図から目を離し、ついでに加奈子と距離を置き、大浦という名前を聞いた途端、あっちへ行けという風に手をヒラヒラと横に振ってこう言った。
「知らんとばい、そげん地図持ってとらすけん、そうじゃなかとか?……目と耳があっとじゃけん、自分で探しんしゃい」
深夜、どこからともなく聞こえる嬌声
魚介類ではなく、蒲鉾やハムなど都会の、それも大食漢が好んで食べる安くて量勝負のそれがインスタントの吸い物とともに供されたのだ。 こんなものを対価を払ってわざわざ遠方まで食べに来なくても、東京ならもっとましな総菜がいくらでもそこいらで売られている。
(かなわないわね……こんなものがごちそうって考えること自体、どうかしてるわ……)
原料が気になって食べる気がしない。 が、もしこの他のどこか他の宿に泊まったとしてもどこも同じなら、しかもそれを毛嫌いするなら、すきっ腹を抱えあの船にまた乗って引き返さなければならない。
(みんな中身はともあれ、楽しかったようなふりして帰っていくんだろうな)
こう考えた加奈子は仕方なくそれに倣った。
(それにしても凄い場所ね)
そう言いたくなるのも無理はない。 部屋中隙間だらけ、おまけに新建材の壁。 まるで廃材を寄せ集めて作りましたと自慢されてるような建物なのだ。
民宿と名乗るには立地条件もそれなりに良いところがあるはずだが、ここに来るまでの間幾度となくきれいな海岸線を眺めながら来たものだから、家の前も後ろも山が覆いかぶさったような、すり鉢の底のような佇まいに、なんでこんなところを選んだんだろうと、気分まで滅入り始めていた。 マンションの高層階に住めると喜んで部屋の窓を開けたら、目の前は隣のビルの壁だった……・というのがあるが、この民宿はまさにそれなのだ。
布団部屋に、女中のような娼婦が閉じ込められていた
建物は全多義的には広いものの、V字に切れ込んだ谷の一番奥に建っているため平地に乏しく、斜面に沿って建てられており、加奈子が止まった部屋は右側の斜面の最も低い位置にあった。
他にもっとましな部屋はないだろうかと、宛がわれた部屋を出て斜面の右側の建物内を歩き回った。 だが、残念なことに宴会場以外、ほぼ似通ったような部屋ばかりだった。 このあたりではどうやらこれが普通らしい。
加奈子に宛がわれた部屋のほど近いところに従業員部屋があった。 室内は派手派手しく飾り立てられてはいるが、よく見ると中身は加奈子のそれと似通っていた。 違う点は、加奈子は自由に外歩きできるが、従業員らしき女性は拘束に近い状態で部屋に据え置かれてるようなのだ。
「花子、お客さん」
帳場らしきところにいた女将さんらしき女性が、その部屋にいた女に声をかけた。 呼び声が聞こえた直後に、身なりはそれなりの格好はしているが、どう見てもお客さんとは沖合が時化ていて港を出ることが出来なく、比田勝港に錨を下ろしていたイカ釣り漁船の船員らしいのだ。
「は~い、今行きます~」
九州訛りではなく、標準語で返答する女の子。 部屋を出て行った女の子は斜面の左側の部屋群にうれしそうに向かった。
騙して連れてこられた……であろう比田勝の夜の蝶
夜ともなると昼間と違い料亭は、なんだかいうアニメに出てくる料亭のように灯りが点いて賑やかで、でも宴席に花子は駆り出され加奈子は独りぼっち。
女将の勧めで歩いて港まで出てみた。 昼間見ると何の変哲もない、水深が浅い港だが、夜ともなれば海面を夜光虫が彩る。 隅田川の花火を思い出し、しばし見とれた。
翌日は朝から雨だったので、加奈子は多くの時間を花子とレストラン喫茶美松に出かけ食事と飲み物をとり、それが終わると評判のバー桂を中心とした飲み屋街を花子の案内で見て回った。
なるほどと思えたのはその道幅、この時代にあって人力車程度しか通れないほど道幅は狭く、しかも建物たるや外側は鰐浦の民宿同様バラック建てなのだ。
「ねえねえ花子ちゃん、こんな場所に勤めるお姉さんたちって……ひょっとすると……」
「うん、そうだよ。 多分ね。 ウチと同じ、本土のどこかからか連れてこられた人たち」
こともなげに言ってのける。
夕暮れの岸壁に佇む女

比田勝に来て、何度も店の前を通りかかっているが、この店に人が入っていくのを見たことが無かった。
「暖簾が出てるんだから、営業してるんだろうが……」
独り語ちて、矯めつ眇めつ店に入っていった。 結構な時間、港を眺め様子を伺っての入店だったが、その間誰ひとりとしてこの店に入らなかった。 食当たりのことも考えはしたが、それより興味本位的な気持ちが強かった。
「ごめんください」
思った通り、店内には誰もいなかったので加奈子は店の奥に向かって声をかけた。 しばらくしておばさんが出てきて
「あらっ、いらっしゃい。 ずいぶん長い間ウチの店、見てらしたから、入りたいんじゃないかと思って待っとったとですよ」
観光客相手に、丁寧な言葉づかいしようとしてただろうが語尾がなまってる。 その仕草がおかしかったが、待ってくれてたのは有り難かった。
こんな有り様だからできるものと言えば限られてるとの説明を受け、それならとちゃんぽんを頼んだ。 東京の味が懐かしく、ラーメンを頼みたかったが、この店ではやってないという。
島に別れを告げていた高浜

加奈子は電話口に向かって泣き叫んだ。 脇本商店の売り子のことを、せめても高浜にだけはわかってもらいたかったのに、その高浜はすでに自衛隊を退職し実家に帰ったと、電話口に出た当直隊員が乾いたような声で告げたのだ。
加奈子と美宇田浜で出会ったとき、高浜は獲れたアワビを仲間に配るんだと張り切った声で言っていたが、加奈子はその意図を理解できずにいた。
美宇田浜で加奈子に食べさせた残りのアワビは退職に際し、何かの記念になるよう無理して獲っていたのだ。
離島で青春などということに背を向け勤めあげるのは並大抵のことではない。 離島に閉じ込められる、たったそれだけのことで精神を病む。 それを忘れさせてくれるのが、例えば脇本商店の売り子さんのような存在だ。 ところが、島にいる女の子には以前も述べた対馬独特の習慣が付きまとう。
好きな子が出来たとし、本人同士はそうと知らず付き合っていても、周囲がそれを許してくれているとは限らない。 ライバル他者はそれをよいことに、地元民に取り入って裏から手を回し横取りしようとする。
恋愛問題ではないにしろ、高浜はそういった軋轢に負け、自ら退職を選び島を去っていた。
海栗島の食堂でアルバイトに励む美咲

鰐浦湾を見下ろす絶景の地に建てられた海栗島の隊舎の食堂は湾に向かって全面ガラス張りになっていて、窓の外に出て海を眺めることが出来る狭いながらも空き地が設けられている。 美咲は忙しい作業の合間を縫ってはここに出て、隠れるようにしてタバコを吸っていた。
「へえ~、美咲ってタバコ吸うんだ」
食事を終え出てきた新兵の浜田が茶化す。
「吸うよ、悪い。 そういう浜田さんて、タバコを吸う女は嫌いなんだ」
「そうじゃないけど……ランナーにはタバコはね……・それに、ちょっと驚いただけ……」
浜田は口ごもった。 美咲は他のふたり……厚生班の幾世、会計班の和江らと比べ、明らかに派手な女の子。 ところが仕事が始まると、途端に他のふたりに比べ真面目になる。 タバコを吸う姿が板についてる風に見える美咲。 これが本来の彼女じゃなかったのかと、ふと思えて、正直な気持ちがそのまま口をついて出てしまったからだ。
「ウチなんかにちょっかい出して、こんなとこ幾世に見られたらまずいんじゃない?」
茶化すつもりが逆に茶化された。 美咲に言われるまでもない、彼女に比べ幾世は見た目清純で気弱そうに見え、その実噂通り真逆だったからだ。 自分のことはさておき、こういったところを見たら気持ちを表には出さないものの、更に輪をかけ噂通りのことをやるだろう。 浜田にとって、それが怖かった。
「ここに居たらまずいとでも言うの?」
浜田が真剣な目で問いかけると、美咲はへへへっと笑って、そこから先何も言わず、また給与班に引き返してしまった。
仲間内では浜田と幾世が親密に連絡を取り合ってることが相当有名になっていたんだろう。 本音を言えば自分が付き合いたいくせにこの時は、幾世に遠慮して何も言えなかった。 美咲とはそんな女だった。
過去の過ちを認めようとしない者たち
ところが、部隊は恥ずべき事実をひた隠し、むしろ被害者であるはずの美咲を罵ったのだ。 そんな隊員であっても失いたくなかったからだろうが、給与班は困り果てた。 末席の班であっても人員不足は深刻だったのだ。 応募に名乗りを上げさえすれば家庭の事情など深く追求せず雇うやり方をしてきたものを、この時ばかりは人事自ら自宅に出向き呼び戻したのだ。
戻ってはくれたものの、彼女はすっかり変わってしまっていた。 戻った理由は捨ててくれた隊員を退職に追い込むためだった。 彼女は事実を、鰐浦とはこういう地区であるとそのまま述べたのだ。
そのことをひた隠しに隠し、訓練に励んでいた隊員がいた。 宮原、その人だ。 彼は優秀な隊員であるばかりか、優秀なランナーだった。 唯一、彼が心の奥底にしまっていたのも、それが近親結婚による出生。 彼の体内には美咲と同じ、忌まわしい血が流れていのだ。
秘かに島内に帰ってきていた美咲

丁度そこに用事を終えこれから対馬に帰ろうとしていた仁田の翔太と出くわした。 小倉に向かう船で一緒に6時間近く過ごしていて、同じ島出身ということもあり、すぐに仲良くなった。
美咲は何故かひとりでに足が動き、翔太の後を追っていた。 漁民として暮らすのが嫌だと言った美咲に翔太は、それなら農民として生きてゆくのはどうかと提案してくれていたのだ。
幸いなことに仁田には民宿も何軒かある。 翔太となら或いはと、美咲は思い切って彼に連れられまた、対馬へと引き返した。 比田勝に着くと誰にも見られないよう翔太の背中に隠れるようにしながら仁田行きのバスに乗った。
民宿で午前中は躰を休め、午後になるとふらりと翔太の畑を訪れた。 彼のことが心のどこかに引っかかっていたからだろう。
翔太は福岡に出向き、学んで来た技術をもとに畑の土と戦っていた。 薄紫色に咲いているのはジャガイモの花だろうか。 美咲は翔太を呼ぶこともなく、農道に佇んで翔太の働く様子を眺めていた。
排卵誘発剤で予期せぬ肥満に

彼女の母も五十路の声が聞こえ始めた年齢になって初めての子を孕んでいたものだから、その血を引いた彼女も二股三股であっても孕むことなど無く、ましてやその心配など皆無のまま行為を続けたにもかかわらず、表面上処女を装ってきた。
ところが鰐浦を起点に広まった近親相姦だの不倫だのという問題で、我が身の安全第一を考慮した高橋が部隊を去ると、彼の後輩でもある林田は今度こそ幾世を盗られまいと本腰を入れ事実関係作りに奔走し義理の兄や姉、親にまでテコ入れを迫るようになっていった。 わけても、幾世の父が不治の病で他界すると、子孫繁栄を願う義理の姉はこれ幸いと義理の妹の幾世に排卵誘発剤の処方を迫るようになる。 婚前であるにもかかわらず、林田は泊まり込みで関係を重ね幾世にやいのやいのと受胎を迫っていたからだ。
地元病院の処方では効果が得られなかったとみるや林田は、己もそうなら幾世にも体調不良を理由に長期休暇を取らせ部隊の目が届かない本土に連れ出しどこやらの病院に連れ込んだ。 院内で人工授精のようなことまでやりつつ、ついに結果を出し、意気揚々島に帰って来た。
入院だか通院だか知らないが、結果が出て帰郷となったものだから幾世は、これまでのように関係は持っても義兄の親しい人とシラを切るわけにはいかず、さりとて自分もそれなりに楽しんだからには犯されたとも言えず、半ば強引に籍を入れさせられる。
弱い立場の自衛官に付け入る新任女教師

もうひとつの趣味がアマチュア無線。
「CQCQ CQ2メーターバンド」
暇さえあれば遠方にいる同じ趣味を持つ仲間に呼びかけていた。 ピカピカの新車にアマチュア無線、それにどちらかというと可愛らしい顔立ち。 学校内に無断駐車を繰り返す常習犯。 楽しいことのひとつとしてないこの島へ赴任してきた新米教師にとって若松は格好の餌食となった。
教師という職業は早出残業が当たり前と言われる職業のはずなのに、若松が休みで下宿に帰って来ると、どこからともなく現れ彼の部屋に入り浸る。 相部屋の田所を邪魔者扱いし部屋から追い出すなんてことは日常茶飯事だった。
しかもふたり組で現れるものだから若松もたじたじになる。 彼女らの気が向けば対馬の南端にある厳原へケーキを買いに行きたいなどと当たり前のように要求してくる。
薄明りの部屋で掛かってこない電話を、ひたすら待つ女

それと比べ幾世は、例えばこの辺りではまだ貴重だった固定電話を幾世個人の部屋に置いたほどだ。 欲しいものは、どんなに苦労してでも本土に父親が出向き、買って来たほどだ。 幾世だだから、年頃になると男達と連絡を取るのにこれを利用した。
「もしもし、幾世ちゃん? ごめんね、待った?」
「ううん……ちっとも待っとらんとよ……ごめんね、玄関は寒かろうもん……」
浜田も、部隊の玄関に据えてある赤電話が空くのを待って、幾世に連絡を取った。 浜田が当直に聞こえないよう受話器の口を押さえるようにし、床にしゃがみ込んで電話を掛ければ幾世も、部屋の戸を閉め切って小声でこれに応じた。
「平気だよ……外套着込んできたから……」
「ほんなごて……ウチが温めてあげんば良かとね……」
『トマトを選別する女』 になりたがる美咲

新たな恋人ができた幾世に姉が嫉妬し、当てつけに自分ですら持て余し気味だった漢を、夫の目をそらすため宛がい、その仲を引き裂こうとし、こともあろうに幾世が堕とされ懇願が始まるまで通いつめ見張ったというくだりだ。
(あの姉も可哀そうな人……)
幾世さえ生まれてこなければ、生涯何も知らないまま平穏無事でいられたろうにと思うにつけ、また海栗島での記憶が蘇った。 こんなことを訊いた後は、素直に翔太に会いに行きたいと思えた。 また農道に佇み、仕事に精出す彼を見つめていたいと思った。
大雨が降った翌日の畑はそこもここもぬかるんでいた。 お百姓さんにしてみれば手入れが大変そうだ。 美咲は翔太を目で追った。 美咲の存在に気付いた翔太が泥まみれになった手を大きく振った。
美咲は林田のことを良く知ってる。 思い切って声を掛けたらいとも簡単になびいてくれる。 そう踏んでか、夕闇迫る車庫から道行く自分に声をかけてくれたことがある。
(…あれはたまたまMの真っ最中だったから……・)
鰐浦峠を下って港に向かう道すがら、無数のコヤがあった

そのようにして育った子らが思春期を迎えるころになると、近所の男どもはそのコヤに悪さをするため連れ込もうとし始める。 狭い地区のこと、大人がそうやってみせたので、その子らもそうそう疑問を抱くとか抵抗を試みるとかしない。 そうやって大人にさせられるとそのうち本土から来た男の人に声を掛けられるようになった。 一緒に遊んだ男の子はそうでもないのに、なぜか女の子に限って一段も二段も高みの大人の社会を垣間見させられることになる。
急に優しくされ、親切丁寧に扱われるようになったことで自分は大人社会にとって、いや、地区にとって大切な人なんじゃないかと、勘違いするようになる。 和江はともかく、幾世も美咲もその延長線上で更なる男を咥え込むことになる。 コヤの中で乾燥させた海藻を布団代わりに、次々と男にのしかかられると、当初思ってたほど辛くはなく、むしろ天に上るような心地にさせられ、いつしか快楽目的で漢を迎え入れるようになっていった。
『農家に嫁いだ女 若妻の旬』 美咲の場合

「また手伝わせんね、草取りでも肥料撒きでん、なんでんすっとばい」
微笑む美咲に、翔太も笑みを返した。
「農作業って、案外面白かじゃろう」
額に浮かぶ汗を腕で拭い、翔太が訊く。
「うん。 楽しか! 土ば弄るとが、こがん気持ちん良いことやとは知らんじゃったわ。 それに躰ば動かしとーと、つまらんことも忘れてしまうし」
美咲はそう言って、目を大きく瞬かせた。 翔太が口にしてくれように、鰐浦のコヤで行われた忌まわしい過去に怯えるなんて、志多留をそんな目で見てただなんて、今の翔太には似つかわしくない、お嫁に行くために是が非でも忘れたかった。
広い畑の中でふたりは草取りに精出した。
「もう少ししたら収穫や。 うまかとが取るるごとある」
何やらコロボックルに似た葉の農産物を指して翔太が微笑む。 土の中で育っているであろうその植物を想像すると、美咲はなんだか嬉しくなった。 翔太が育てたその何とやらを早く食べたくなった。
農家に嫁いだ女 スカートの中、禁断の収穫

「きれか顔が汚れてしまうばい。 ……おい、ズボンにも泥が付いとーけん……・」
翔太はそう言って、美咲を除けようとした。 照れているのだろう、声がやけに掠れてる。 しかし、美咲は翔太の背にしがみついて離れようとしない。 振り払われまいと美咲は、翔太の背中に唇を押し付けたまま、囁いた。
「汚るるなんて、こん際そがんこと構わんばい。 ウチなんちゃそんで良かとよ。 ……ねえ、抱いて。 翔太ん、そん泥ん着いた手で、激しゅう……強う……」
籍を切ったようにこう告げてくる美咲に、溢れる想いを必死で抑え込んでいるのだろう。 翔太は拳を握り躰を震わせている。
彼は深く息を吸うと、目の前にある赤く色づいたトマトをもぎ取り、何かを吹っ切るように勢いよく齧った。
一口齧ると振り返り、齧りかけのトマトを美咲に向かって突き出した。 売れてグチュグチュになったトマトの中身が支えを失ってタラタラと地面に向かって滴り落ちる。 美咲は翔太を見つめたまま、そのトマトを齧った。 甘酸っぱい芳香を放ち、赤い汁が美咲の唇から地面に垂れる。 その姿を見て、翔太は思わずつばを飲み込んだ。
性欲の強さが美咲の心に漢を愛することの何たるかを悟らせた

つい先ほどまで腫れ物に触るような扱いをしてくれた翔太の態度が一変。 野性的な愛撫は美咲をして躰の芯が蕩けるほどに感じさせてしまう。
「あああっ……あん……気道よか……ううん」
美咲にとって翔太の愛撫は、これまでの漢と違って繊細さに欠けるが、欲望の赴くままという激しさだけは他のどの漢にも負けていない。 都会のどの漢にも負けていない荒々しさに、美咲は過去に経験したことがないほどときめき、花びらから蜜を溢れさせる。
翔太は、ともすれば隠そうとする美咲の手を半ば強引に払いのけ、乳房に顔を埋め、大きく息を吸い込んだ。
「ああ……デカイなあ……柔らこうて……オッパイ揉んどーだけで、漏れてしまいそうだ……うううん……うまか。 美咲さんの乳首、ピンクでやーらしか」
こんなことを囁きながら、翔太は美咲のオッパイをチュバチュバと吸い上げる。 なんだか大きな赤ちゃんに吸われてるようで、美咲は母性本能によって奥深くが疼き始め、それをこの程度の段階で翔太に悟られたくなく身をくねらせた。
「あああん……そこっ、そうされると……変になると……はあああっ」
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