知佳の美貌録「生い立ちの悲哀」

女衒の息子の嫁である彼女の母がこの少女を身籠って間もなく、跡取り息子は当時の悪しき慣例・暗黙の了解のもと外に女をこしらえたばかりか囲うための家をも別に借り、移り住んで妻や子のもとに帰ろうとしなくなった。 つまり今でいう同棲してしまった近いとはいえ駆け落ちしてしまった。 父親が無言のうちに教え込んだ女に食わせてもらう術(事実ろくな働きもせず食わせてもらうヒモに成り下がった)を実行したわけだが、父親と違ったのはその女が自分の居ぬ間に別の男がちょっかいを出すことを極端に警戒した。 つまり寝取られを警戒するあまり女に溺れ家督も女房も我が子すらご時勢が理解できぬまま捨てたわけだ。 ご時世と言えば「届かなかった手紙」にでてくる移民の亭主のように、戦争末期ともなれば物資が、殊に都市部では食料が尽き、栄養失調は国民全体の問題となっていた。 そんなご時世でも男たちは戦争に勝った勝ったと見栄を張り酒と女にうつつを抜かした。 つまり大本営発表が発表したうその情報に翻弄されていたわけだが悲惨だったのはこの娘の母で、栄養失調と行き届かない医療故 枯れ木が朽ち果てる如くやせ細りこの世を去っている。 彼は産後の肥立ちが悪く半年も持たぬまま帰らぬ人となった妻の葬儀にも、命日にも生家に顔を出すことは無かった。 これにはさすがの両親も激怒したと後々になって聞かされた。
可愛そうなのは残されたこの女の子で、女衒の嫁は前述した通り、家事も育児も知らない やらされたことなどない、ただでさえ躰の不自由(脊椎損傷)なお姫様、家出した嫡男がそうであったように子育てなどしたことがない。 卑しい生まれ育ち故身分を気にした女衒は嫡男にどこそこの高貴な家系の娘を嫁として娶らせた。 食うや食わずの時代に姑の分まで働きつつも食べるものも食べさせてもらえない高貴な育ちの嫁とくれば、時は戦争末期の激動期、健康を保てるはずもなかった。 案の定出産のための労苦が重なり寝込んでしまった。 駆け落ちした嫡男を廃嫡し、弟に嫁を取らせたまでは良かったものの、何かにつけ家督を捨てた長男に罵詈雑言を浴びせ手前 その弟のために次に迎えた嫁はまるで牛のような頑丈な漁師の娘を女衒が独断で見つけ出し否応なしに嫁がせた。 最初から牛馬のごとくこき使うつもりだった女衒。 家督は譲らないのに醜女を押し付ける、元々親の生き方を毛嫌いしていた弟は女の子を養女にという話しを頑として受け入れなかった。 仕方なく女衒は自分の女房が産んだ子としてこののち育てることになる。
こうなると困る立場に立たされるのがこの女の子。 食事も寝起きも次男夫婦に頼るわけにもいかず、下女(副業として髪結いを始めており、その弟子を端女としてこき使っていた)がこしらえてくれる食事の中からこっそり余り物を盗み食いしなければならないようになる。 だのに次男夫婦に程なくして子供が生まれると何事につけお姉ちゃんだから我慢しろと言われ始める。 四面楚歌の中で居り場をこの子なりに模索したのであろう、唯一家族の中の誰よりも優れていた読み書き・女衒の使いが身を助けてくれたと言おうか、生きるよりどころになったのである。
子を捨てた愚劣な男
そのような身勝手な父親であっても金の無心だけは怠りなかった。 父の女道楽を自慢げに共に暮らす女に話したものだから、その弱みに付け込んで・・・と言おうか したたかさにおいては女衒に引けを取らない一緒に暮らす飲み屋の女が始終色仕掛けで借金を頼みに来た。 その女が、店先の長火鉢の前で女衒が手元不如意な真似をすると居丈高に「こっちはあんたんとこの息子を養って・・・」と喚き散らし出させるものだから、ただでさえ去る国の高貴な武家の出のお姫様が暮らしゃる家、催促に来た日には家じゅう上を下への諍いになった。 それやこれを こともあろうにあてつけがましくも女の子の目の前でやってみせたのである。
そのろくでなしの子供を物のない時代に祖父母という、ただそれだけの理由で衣食住与えている、表面切って口には出さないものの女衒の嫁・お姫様から言わせれば何んという理不尽さ! 表立って口には出さぬが表情にはおのずと現れる。 それだけに女の子にとって身の置き所が無く学校に行きたくても、友達と遊びたくても自由というものが一切許されないと頑なに心に決め、まるで使用人の如く用を言いつけられるまでもなく家事を手伝い、淫売の使い走りをこなす日々を送った。
ハナから頭の上がらない高貴な妻に祖父・女衒の仕置きも廃嫡した孫に当たる女の子をして下女の如く送らされざるを得なかったといっていいかもしれない。
年端もいかない少女。 ただ、母のいない顔さえ知らない、ましてや抱かれた記憶さえない悲しみは、この幼さではどうしようもなく、こっそり家を抜け出しては母の眠る墓地で母の面影(物心ついたころにはもう亡くなっているが)に抱かれて過ごしたといいます。
墓が一番居心地が良い場所だったと。
学校も出ていない童がどうして女衒の文の使い、置屋に囲われた少女と旦那の仲を取り持つかと不審に思われる向きもありましょうが、この子は母恋しさから、そして周囲の墓石に書かれている文字を一心に読み覚え母に褒めてもらおうとすることで自然と学問を学んでいた。 加えて女衒の立ち振る舞いを生きるためにというよりも同じ家族の一員として家業を手伝うべく必死になって体で覚えようと 例えば旦那と娼婦それぞれの恋文を相手向けに代筆 努力していたように思えるのです。
補足 この地の女衒・置き屋の術:
女衒は飢饉に喘ぐ貧農の娘を安く買い叩き置き屋に売りつける。 置屋は女の子を育て上げるとともにい床作法を教え込む。 初潮を迎えるころになると女衒と示し合わせ旦那を探す。 いわゆる処女を高値で売りつける(儲けは折半)のが目的だが「初物を割る」場合建前上双方の同意が必要となる(官憲の目を逃れるため、色恋の果て絡み合ったことにする)ためヤリ手ばばぁを使った。 それが女衒の女の子の役割だった。 こうして双方の了解のもと床入り(旦那を取らせる)をした。(青線遊郭のしきたり)
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