知佳の美貌録「お気に入りの場所」
近代建築と日本古来の建築の差
近年の建築物は家の表面に柱は見当たらない。 部屋でいうと柱が見えないように壁だけの部屋を作るのが近代建築の、いわゆる洋風で、柱が見えるように作られるのが和室造り、つまり日本古来の様式である。 洋風とは細い柱を補強材で補強すべく、耐震性を増すよう壁が厚く頑丈に作ってあるから太い柱は必要ないのだ。 断熱効果に優れている一方で壁は外界と完全に遮断された密閉空間を作ってしまう。 欠点は屋内に泥のついたようなものを持ち込めないこと。 自然と一体化できないところにある。 それに比べ古来の建築は太い柱と大きな梁が中心をなし、外部と一体化するような構造体を成している。 つまり家の中に大自然が存在するようなもの。 縁側の下の土の上には沓脱という大きな平たい石が置かれ、ここから上がり降りでき、外から持ちこむ、例えば豆などはこの縁側に莚(むしろ)を敷き天日干ししてから保存するなどの利便性がある。 高い塀に囲まれた敷地内には大きな庭や、家によっては小さな畑もあり、それやこれやを縁側から直に眺めることができるのである。
家の中では居り場がないから縁側に出ていた久美
久美のお気に入りの場所、それがこの縁側だった。 季節は冬に向かっており、障子一枚とはいえ家の中の方が心持ち暖かい。 だがこの家の跡取り夫婦やその子供たちが中にいる以上、冷や飯食いの久美が中に、同じ炬燵に足を突っ込んで居座れるわけもない。 寒風吹きすさぶ縁側にしつらえてもらったブランコでひたすら時間をつぶした。 この縁側は幅半間(およそ90センチ)、長さは8畳二間に渡ってであるからして8間(およそ15メートル)にも及んだようだ。 間口2間にも満たない狭く奥に長い敷地に家を建てるのがこの時代風(税金が安くなる)の町家だったから豪勢なものである。 久美が殊に気に入ったのはそこに渡された梁(柱の太さに合わせ30センチ以上)の幅があったというから、高さも重さも相当なものであったろう。
子供なりのいたずら

久美が住んでいた長屋は住まいと少し離れた場所に小さな小屋が立っており、誰も彼ももよおすとそこに飛び込んで用を足していた
それに面白い形をした水が流れるおもちゃ。 汲み置いてある貴重な水を子供であるがゆえにつぎ足す方法がわからず面白半分使えないものだから、誰かが雪隠から出てきたのを見計らって見つからないようこっそり流して遊んだ。 大きな日本庭園の中に母屋は立っている。 大きな塀に囲まれたその空間の中の庭は手入れが行き届いていた。 ブランコといい如雨露といい、寒いが其処は久美のために作られた夢の中の公園のように思えたという。
それぞれの居場所
時代が時代、なにかにつけ、この縁側は使われもした。 例えば年末の餅つきなんぞは家内総出(雇人も含め)で広い庭で餅をつき、縁側にそば打ち用のような大きな板を敷いて捏ねる。 そしてその餅を今度は座敷に敷き詰めた筵(むしろ)の上に並べる(どこの家庭でも同じ)のが習わしとなっており、これが終わると祝い膳が出る。 餅つきなどの行事になると、同じ境遇に当たる雇い人たちは久美に親しく口をきいてくれた。 だから喜び勇んで手伝った。 居場所をやっと見つけたような気がしたものだった。
もちろん縁側の主 久美が餅番(餅を運び莚に並べる)の主役だった。
一番勢いのある男女一組が交代で庭に出て臼と杵で蒸篭で蒸した餅米を搗く。 搗き上がった餅は縁側で板の上に餅とり粉を薄く敷き待ち受けていた女衆によって握りこぶし程度の大きさに捏ねられ、それを久美たちのような子供連中が盆にのせ座敷に持っていって莚にきれいに並べた。 餅つきが始まったころこそ、イの一番に搗きたての餅をほうばらせてくれる。 だが時間がたつと冷えることこの上ない。 跡取り息子の子供たちなど、面倒くさがって奥の部屋に引っ込んでしまう。 気が付けば捏ねた餅を並べるのは久美ただひとりなっていた。 今の時代から考えると寒風吹きすさぶ縁側はおり場のない地獄絵図のように思えるだろうが、雨漏りなど微塵もしない立派な縁側にいるだけで久美には幸せに思えたという。
だが、この幸せも長くは続かなかった。
年末年始の慌ただしさや祝い事が終わると、またいつもの平穏な日々に返る。 実家では居場所のない好子、居候では自尊心が許さない幸吉は隠してあったお金を持ち出し夜逃げしてしまう。 女衒は手を尽くして行方を追ったが、幸吉夫婦は元住んでいた場所に舞い戻らなかった。 その頃既に幸吉夫婦は一旗揚げてやろうと好子の知り合いを頼って大阪方面に姿をくらましていたのである。
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