知佳の美貌録「腹を空かせた弟のために」

それ以前は例えば食用が不足する冬場などに学校にほど近い農家が野菜を持ち込み用務員が温かい味噌汁だけ作りこれを栄養の足しに配るということも試みられていた。
何のことはない、学校に通ってくる子供たちのほとんどがお百姓衆らの子でご飯はなんとか持たせてやれるが家で食べてるものと言えば醤油汁。 味噌は余程の技術がない限りこの時代もうどこの家でも作ることが出来ずたとえそれが味噌汁であっても飲ませてやれなかった。 ましてやお弁当のおかずとなると漬物以外なかった。 子供たちは弁当のおかずに漬物を入れると酷く嫌がる。
結局恥ずかしさも手伝ってお弁当を持たずに学校に通う子もいたからだ。
学校で供される味噌汁には油揚げがたっぷり入っている。 たったそれだけのことなのだがこれが子供たちにとってご馳走に思えた。 冷え切ったご飯も喜んで食べてくれるようになったのだ。
ちなみにこの油揚げと味噌代や味噌汁と作る折の薪代は当時の教員からのカンパだった。

殆どの方の記憶にある学校給食の配膳とはこの写真とは違い担当に当たった子供たちが配膳を行っていたのではないでしょうか。
給食の中身もですが、富む自治体と給食費が払えない子供たちが多い自治体ではその内容に相当の違いがあったようです。
それと同様に配膳も子供たちに行わせる自治体と、そうでない自治体が混在していたようです。
教育者が中心になり配膳を行っていた自治体ではご覧の、当時はまだアメリカ軍の払い下げのアルミの容器が使われたりしており、パンのほかに惣菜が一品というのがほとんどで、牛乳の代わりに栄養分が高いとされる脱脂粉乳(ドラム缶のような容器に入った粉をお湯で溶かす)が支給されていました。
これが臭くて飲めない子が多く、飲み残すものだから先生が学生一人一人に配りつつ飲み残さないよう見張ったりしていました。
脱脂粉乳が体質的に合わない子などは給食時間いっぱい使っても飲めなく、それでも強要されるものだから嘔吐し涙を流す子もいたようです。
この物語に登場する久美は周囲と比べ比較的恵まれた家庭(女衒家)に生まれ育ったにもかかわらず親の身勝手で貧困層の中でも最下層と思えるような状況下で暮らさざるを得なかったものだから馴染めぬ味に飲むのに苦労したといいます。 が、学校が始まると程なくして親は生活費を持ってきてくれず、飢えは確実に姉弟の躰をむしばんでおり、生きるために仕方なく息を止め目をつぶって飲んだといいます。
自分ひとりなら飲まない手もあったでしょうが、家で飢えて待つ弟にせめて何かを食べさせてやろうとしたとき自然に体が動いたと言います。
時代は東京オリンピックが行われた正にその頃、5歳とか7歳やそこいらの子供に生きていくため最低限の食べ物を与えてもらえないというようなことが実際あったんでしょうか?
ましてやそれが世間のつながりが深いと言われる大阪でです。
それを証言する逸話を久美は語ってくれました。
ある日のこと、もう3ヶ月以上も来てくれない父親をそれでも来てくれることを信じ姉弟は待っていたそうです。
最後の米もとうに尽き、食べるものが部屋の中の何処を探しても数日間なかったといいます。
飢えと戦う弟が腹をすかせ体調を崩してどうにも困った久美は、それでもどうにかしようと毎日暇を見つけては街をさまよい食べ物を探したといいます。
恐らく残飯を漁っていたと思われるんですが、ある日 父親からお金を受け取ると真っ先に買うあのコロッケ屋の前に立ったとき、コロッケ屋の主が久美を見てコロッケを盗みに来たと言いがかりをつけ物陰に引きずり込んで強かに打ち据えたそうです。
一瞬気が遠のいたといいますがこの時のことを久美は「体が痛むことよりも、腹を空かせた弟のために何も持って帰れない自分が辛かった」と語ってくれました。
何故にそれほど辛いと思うのか?
それは久美は学校に行けば給食を食べることができますが、弟は年齢からして学校に行けないため一日中家の中にいるしかなく、そうなると何も口にできないんです。
そこで久美は給食の脱脂粉乳だけは鼻をつまんで我慢しオカズと共にゆっくり食べ・飲み干し、全員が給食を食べ終わる頃にお腹いっぱいのふりをしてコッペパンをコッソリとカバンに隠して自宅に持ち帰り弟に与え続けたといいます。
このコッペパンを弟は待ちわび喜んで食べてくれたと語ってくれました。 その食べる姿を見るのがいちばん嬉しかったと。 ですがこのことが同級生の告げ口により露見し教員室に呼びつけられ教頭に強かに、再び打ち据えられることになるんです。
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