知佳の美貌録「覚えてますか?あの日のことを。」

産むだけ産んでおいて育てもらえなかった子供たちはただ生きる為このようなことをやった。 にもかかわらず世の中は大人のエゴで動いた。 ゴミ漁りもそうで、何かを見つけると大人が先にとってしまう。 弱いものの上前を力に証し撥ねる。 暴力は常に付きまとった。
幼くして夜逃げや路上生活を強いられた末に飯場(はんば)で暮らすことになった久美は弟の面倒を看るため、大人のやることは何でも懸命になって覚えた。
少しでも多く大人の役に立ちご褒美のお菓子をもらうとそれを自分はほとんど食べず弟に分け与えた。
その弟と今度は貧困屈でたったふたりっきりで暮らすことを強要される。
久美は保育園・幼稚園こそ通えなかったものの、園で教えているようなことはお菓子を手にいれたく、大人のやることを見様見真似し働いて何かを得てきたものだから必要上ある程度のことはできるようになっていた。 生きる為の基礎ができていた。
未開の地から都会の小 学 校に通うことになった。 無学の地から学校のある地に無理やり引っ越しさせられた久美だが、教えたことを覚えるのが保育園・幼稚園こ通っていたはずのどの子より聡かった。
担任の女教師はだから、次第にあらぬ期待を久美に抱くようになっていった。 当然だろう。
裕福な家庭に育ち大学を卒業させてもらった女教師にとって貧民窟は噂に聞いただけであって実態はまるで知らなかったからだ。 学校もろくに出ていない女の子に大学での女教師が頼る。
難しい質問に元気に手を挙げて答えてくれるようになった久美こそ女教師にとって誉だった。
職員室でも子供たちの出来の良さについての話しになると、つい久美の名前を出すほどだった。
新米でありながら担任として鼻が高かった。
ところが久美は、日が経つにつれ給食時間になると教室から姿を消し探し回って連れ戻すがそのうち学校にも来なくなる。
「それ見たことか!」
ここぞとばかりに久美を罵倒する教頭やその取り巻き連
育ちの良さゆえであったろう。 素直に非は自分にあるような気になっていった。
担任の女教師は貧民窟と聞いて一度はためらったが家族に、殊に母に後押しされ貧民窟に単独立ち入った。
饐えたようなどぶの臭い、ジメジメとした地にひしめき合い、しかも傾きお隣同士寄り掛かるようにしてやっと建っているバラック群。
お弁当やおにぎりを手渡すことでその場逃れをしていたことを心底恥じた。
自分がもしも久美の家で共に夜を明かせとでも言われたら、同じ布団で横になれとでも言われたら、怖気づいて逃げ帰ってしまったろう。
それほど酷い住まい・生活状況に久美は保育園・幼稚園にも通えない弟とふたりっきりで暮らしているのだ。
女教師がこの家に近づくと恐ろしいものでも見るように近隣の住民が覗き見ている。
「負けるもんか!」
出がけに母に言われた通り、近所をくまなく訪ね歩き久美たち姉弟のことをお願いして回った。
大学出の教師が尋常小 学 校しか出ていない人たちに向かっていちいち頭を下げる。 これは効いた。
自分たちを認めてくれた、自分たちの将来を約束されたと思ったのか、それともお嬢様からうまい口に乗る機会を与えてもらえるとでも思ったのか、女教師のお願いを素直に聞いてくれた。
彼らの仲間内の情報網は凄かった。
たちまち久美姉弟の両親が何処らあたりで稼ぎ暮らしているのか情報を流してくれるようにもなっていった。
久美たち姉弟の食い物が無くなりそうになると近隣の住民が余り物を持ち寄ってくれるようになったという。
○○先生、あなたはこの小説に出てくる少女の自宅を訪問し食べ物を与えてくれました。
学校に来なくなったあの子のことを心配し家庭訪問をした日のことを覚えてますか?
温かい手を差し伸べてくれたことを。
あなたがあと1日、いや3日遅れてあの子の元を訪ねていたら
あの子たちはこの世に存在すらしませんでした。
○○先生、あなたが来てくれたのはあの子たちの食べ物が尽きて3日過ぎ、飢えで命が尽きかけていた時でした。
あの久美という子はそんな中で、それでも弟に何か食べさせたくて独りで街に彷徨い出たんです。
お風呂屋さんの前の店先に立って店主に
「パンをください。 代金は必ずあとで払いに来ますから」
と頭を下げると
「コソ泥がぁ~、お前のような奴にやるパンなど無い!さっさと消え失せろ」
といわれ散々ぶたれ、泣きながら帰ってきて、でも、空腹で泣きじゃくる弟に与える食べ物が手に入らなくて悲しく、情けなく、それで学校に行く気力さえなくしたと言うんです。
そんな姉弟に○○先生、あなたはお弁当を、おにぎりを持たせてくれました。
近所を回って頭を下げ何か食べ物を与えてくれるよう頼んでもくれました。
御上でさえ恐ろしがって、汚らしがって近づかない貧民窟に立ち入り、1軒1軒回ってお願いしてくれたことを老いた今でも忘れることができないと言います。
近所の方々に姉弟の面倒を見てくれるよう頼んでいただけてなかったら、弟は健康に育っていなかったと思いますし、たとえ助かったにしても恐らく飢えが進行し重篤な脳障害を引き起こしていたでしょう。
あの久美という子が学校に通わなかったのは、自分が学校に通って給食なりを食べている間に家に取り残された弟が餓えて亡くなるようなことがあればと、それが気がかりで行くに行けなかったからです。
あなたがご自身の給食を食べずにあの子に手渡してくれたおかげで、おにぎりを作って持たせてくれたおかげであの久美という子も弟も生きながらえ、長じてこの経験を話してくれたことでこの物語を世に送り出すことが出来ました。
あなたが救ったあの久美という子は、ちゃんとあなたのことを覚えていて、同じことを次の世の子らに向かって行っています。
他の先生が自宅に30数人の生徒を呼び寄せ、全員に昼ごはんやおやつまで与え歓待してくれたこと。
ちゃんと覚えていて、後世に語ってくれてます。
決して無駄な努力ではなかったことをここでお伝えしておきます。
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