知佳の美貌録「夜逃げ そして転校」
ただでさえ食うや食わずの生活を強いられ、やっと将来の見通しが見え始めた矢先に得体のしれない家族風の輩がいずこからともなく小集団に紛れ込んで徘徊しまくる。 笑みをたたえながらその裏で某国で繰り返されてきた密告の類に似た排除的想いを親が語る。 すると親に代わって子供たちがやらかした。 悪いことと分かっていても教師がこれを面と向かって叱るわけにはいかないのがこの地区ならでは生活の術だった。 幸吉・好子夫婦は怒りに似た刃を相好を崩す相手に突きつけ脅し、怯んだその間に盗るものを取って我先にと雲隠れする。 すなわち、なけなしの働きを小集団から両親が奪いその利を得ておきながら、足手まといと思われた老いて使い物にならなくなった、或いは力のない女どもを職場から追い出すように仕向ける。 そうして得た利益はやがて迷惑をかけよう我が子供に与えず飲む・打つ・買うに費やしてしまい、子育てを小集団に責任のように称しおっかぶせる。 殊に教育者に向けてそれをやった。 怒られ、邪魔者扱いされて当然だった。 その罪なき罪を一身に背負ったのが久美姉弟だった。
夕暮れて寒風吹きすさぶ公園を、何故か立ち去ろうとしないふたり
小学校時代の辛かった思い出に、夕やみ迫る誰もいなくなった公園、寒風吹きすさぶ中 姉弟ふたりっきりで居残って遊び続けた記憶がある。 遊びに飽きると周囲の子は三々五々家路につく。 だが久美は頑なに弟を帰さなかった。 遊ぶことで家路につくことができないようにし、時間を潰した思い出があると久美は語ってくれた。 例えば、誰も乗らなくなったブランコに姉弟が隣あって乗って歌を歌って「帰ろう」という弟を一生懸命引き留めた記憶がであると。
母や空腹を忘れさせるための遊具
その理由が、夕方になれば普通、遊んでいる子に向かって「ご飯の時間だから帰りなさい」と母たちは我が子に声をかけ、あるいは友達同士でも「もう暗くなってきた お母さんに叱られるから」早く帰ろうと声をかけあったものだ。 決まり文句のように、周囲の大人もそうやって子供たちを家路に向かわせたものだ。 だが、久美たちにはその大切な記憶といおうか帰ったら誰かが待っていてくれる安らぎを覚える家庭が元々なかった。 仮に夕やみ迫るころ家に帰ってみても家に明かりは点いておらず食べ物も体を温めてくれるはずの炬燵に火すら入れてくれてない。 第一親が長期にわたり何処にいるのか それすらさっぱりわからないし、いつ帰って来てくれるのかも、もちろんわからない。 わかるのは手元にモノを買うべく何ひとつないこと。 だから、それらを忘れさせるために久美は弟を誘ってひたすら公園で時間を潰させた。 弟は暗くなるし寒いし腹も減ったのだろう帰りたくて駄々をこねたが、その都度久美が何とか上手に言い聞かせ、別の遊びを見つけは公園にとどまらせ続けた。
青春を追いかける母
その時間帯の長かったこと。 が、こんなにして頑張り続けても肝心の母親は世間と違うことをしていたのを暗に久美は知っていた。 飯場(はんば)で仲間の男たちとの間で、母が何をやらかしていたかを、男たちの、自分たちの母の背に走る熱い視線を目にし、久美はうすうす気づいていたからである。
裏長屋に春風が吹くとき
餓えて明日の希望さえ見失いかけていたときに、先生は弁当を作って持ってきてくれた。 おにぎりを手渡してくれた。 あの幸福な時間は長く続かなかったのである。 あの幸せと感じた同じころ、飯場(はんば)にいるはずの幸吉・好子夫婦のもとに学校関係者、ことに教育委員会から呼び出しがかかったという。 担任の家庭訪問があった数日後のことだったと、のちに先生から聞かされた(好子が学校に怒鳴り込んだ日、そうとは知らず、むしろ良いことと勘違いし話してくれた)。 学校に呼び出された好子は「こちらにはこちらの事情ってもんがある」と職員室で、久美の前でまくし立て、さっさと久美の手を引いて学校から連れ帰ってしまったものである。 学校に対し侘びも礼も言わずにである。
お礼も告げず夜逃げ
ここらあたりが好子のお里が知れるところであるが、ひとつには呼び戻されたことへの激怒と羞恥(無学で官庁は殊に苦手)、もうひとつは稼ぐ場所(隠れ潜む場所)を新たに探さなければならなかったことへの不安によるものであろう。 が、散々遊びほうけていたにもかかわらず夫婦して貯蓄などなく久美たちが暮らしていた家の家賃はもとより、お世話になった学校に滞納した授業料など当然といった風に踏み倒し、尻に帆掛けて逃げることになる。 皮肉にも、あの日教頭が久美を強かに打ち伏せた、その正当な理由を、それでも庇ってくれた担任に皮肉にも実の母が指し示す形になってしまった。
あてどない旅
小説に、予科練崩れで心を失い酒におぼれる男を、パンパンをしながら それでもつかず離れず寄り添おうとする女の話が出てくるが、この夫婦はそれによく似ていた。 幸吉は飲めば飲むほどに荒れ、人間らしさを失う。 それを何故か必死に繋ぎ止め、立て直しを図ろうとする女。 とうの昔に青線は禁止されている。 にもかかわらず得意の客あしらいで好子はロハで飲ませてくれる飲食店(客寄せ・パンパン売り上げ目的)に乗り込み巧みにオトコをあしらい稼ぎまくった。 そうやって稼いだ金の中から、幸吉に飲みたいだけの酒と肴を買い求め与える。 幸吉は幸吉で女房の不貞を疑い、棋界から置いて行かれた悔しさに心をゆがめる。 なのにせっせと昼間は土工をし、夜ともなれば店に出向く好子。 店は流行にに流行った。 それはそうだろう、昼間 土工で鍛えた屈強な男たちの気をなよ腰で散々惹き付けておき、夜頼まれて店に出ている旨をあ明かす。 それから先は暗黙の了解で、来てくれたらくれたで散々飲ませ、足りないと見るや二階に誘う。 店が、立ちんぼの名が世に知れ渡り、危うくなるとまたぞろ店にも告げず夜逃げした。 最初にこの場所に逃げ延びた時、もうすでに次の逃げ場を探しあてていたかのようなすばしっこさだった。
借金取りにスジ者のような態度を見せる父
気ままな生活を旨とした好子たちは子供たちのことより、まず自分たちの立場が先だとばかりに飯場(はんば)を世話してくれた業界を再び頼って淡路に夜逃げしてしまう計画を咄嗟に立てる。 原因は家庭訪問に来てくれた先生を業界の取り立てと勘違いしスジ者のような態度をとってしまったことによる。 恐れをなした教師は官憲に連絡を入れ、巡査が調べに来たからだ。 酒で狂った頭で”とうとう手が回った”と勘違いし、妻に注げたものだ。 先生はもちろんのこと、教室の誰にも転校のことをつけることなく深夜寝ていた姉弟は突然たたき起こされ、ひっそりと、慌ただしく住んでいた家を抜け出し、行先も告げず夜道を駆けた。 こんなこともあろうかと、家財道具などはほとんど持っていなかったから着の身着のまま夜逃げとなった。 当時、淡路の港は賑わっていたという。 そこに向かうに、艀(はしけ)にはお金がないからどうあっても乗れない、幸い 島に向かう貨物船の情報を聞きつけていたので出航に合わせるべく夜道を駆けたのだった。 舳先から乗り込んで船倉に隠れた。 艀程度の小さな船ながられっきとした無賃乗船(密航)である。 見つかればどんな目に合わされることかと心配しつつ、テレビドラマなどでよくやる真っ暗な水面下にある船倉(船の地下室)に潜んだ。 これが久美にとって最初の暗闇の恐怖だった。
自分で転校手続きを済ませる久美
淡路に着いた好子は早速業界の世話でそれなりの客(旦那)を得た。 幸吉が酒浸りで遊んでいてもなんとか暮らし向きが立つ収入を約束してくれる客をだ。 が、それは子供の世話に明け暮れるのではなく幸吉の世話に明け暮れるのでもない 男の世話に明け暮れることになる。 一方久美は、母親が付き添ってくれるわけでもない次に行く小学校に ひとりで出向いて転校手続きをさせられた。 母親が一緒に行ってくれるとばかり思っていたが、母親が手伝ってくれたのは当日、久美を伴って学校近くまで行き「あれが今度行く」学校だと指し示し「自分のことなんだから自分でちゃんと先生に挨拶して入れてもらいなさい。授業料なんかは後で親が持っていくといっていたと伝えなさい」と。 こう告げて自らはさっさとお客の元に向かってしまった。 久美は久美で あの母親なら と心得ていて、前の学校で使っていたカバンに前の学校で使っていた教科書を入れ背負って、前の学校で着ていた制服を身に着け、この学校関係者(生徒ではない)に職員室の場所を聞き、真っすぐ職員室に向かいためらいもせず入った。 戦後復興で盛況を見せている淡路のこと、教師も慣れていたのか名前も告げず職員室に入っていっただけで、それとわかったらしく担任が名乗り出てくれ手続きを済ませた。 久美の出で立ちに担任教師こそたじろいだが、違う制服を着た子供が校内に現れたら大騒ぎになることを久美は過去の苦い経験からわきまえていた。 執拗ないじめである。 実に白けた悲しい話だが、こういったことがこれまでもそうであったが、これから幾度も久美の上に繰り返されることになる。
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