知佳の美貌録「執拗ないじめ」

それらを使って遊ぶのは女の子たちの憧れ、桃源郷だった。 もしお母さんがこんな人形を買ってくれたら独り遊びだって寂しくない、何時しか久美もそう願うようになっていった。
男の子たちの当時の遊びと言えばチャンバラに戦争ごっこだった。
近所の男の子がすべて集まり、友軍・敵軍に別れ陣取り合戦をやる。
そこには家族と生死を共にし生き抜くための決戦をやるような苦労して育ててくれた親への恩返しの意味が込められていたであろう程に熱心にこれを行った。
有無を言わさぬ跡取りという使命が待ち受けていたから必然的に父親の軍隊時代の自慢話を具現化したのではなかろうかと思われる。
故に勉学には熱心になれなかったが、誰に言われるともなく親と同じ力仕事を一緒に仕事場に出掛け黙々とこなすような子もいた。
女の子はこれとは逆にひたすら理想を追った。
リーダーを張る男の子が遊びをやめると庭などの広場に莚などを敷き、そこに石ころや欠けた土器の破片などを並べままごとを始めるのである。
莚を家とか屋内に見立て、男の子たちを夫などに見立て、主婦よろしく給仕を行う。 このとき使う言葉にパパ(爸爸)やママ(妈妈)がある。
何故かその呼び名はお父さん、お母さんでも父や母でもない。 格好つけてパパ・ママと呼び、呼ばせる。
発音から考えれば中国語に近いはずなのに本人たちはGHQがもたらしてくれた欧米の言葉として受け入れ、ある種トレンディーな言葉として使っており、ままごと自体も何故か欧米化した家庭のスタイルを真似ていた。
その最上クラスの遊び道具がリカちゃん人形のようでもあった。
その遊びを、久美は女衒のもとを夜逃げしたのち友達が遊んでいる様子を垣間見ることはできたがどんなに頼んでも仲間には入れてもらえなかったのである。
先にも述べたように久美は転校するたびに以前の学校で着ていた制服をそのまま着て次の学校に通った。
これまで一度だって見たこともない制服を着て学校に現れるものだから当然全生徒の注目を浴びる。
自分たちの社会によそ者が紛れ込むことを嫌う親たちの真意を推し量ってか教室では挙って久美をいじめるため教師の居ないスキを狙って襲うようになる。 この思考こそがあのチャンバラごっこそのものではなかろうかと思えるのだが…
ともあれ幾多の学校を転々とさせられた久美は心得ていて先生が教室からいなくなり、掃除が始まる頃になると掃除道具入れ (教室の隅に置いてある縦長の箱) の中身を全て外に出し、代わりに自分がその中に自ら進んで入った。
ガキ大将はここぞとばかりに掃除道具入れの中の久美を蹴飛ばしたり小突いたりする。 終いには扉を閉めて開かないよう外から鍵を掛けるが真っ暗な掃除道具入れの中で恐怖に耐えた。
そうやって先生が来るのを待った。
掃除時間が終わる頃になると先生が仕上がり具合を日誌に書くため見回りに来る。
みんなは一斉に久美を掃除道具入れから追い出し道具を仕舞い、机や椅子を並べなおし何事も無かったかのようなふりをする。
それでその時間のいじめは終わるが、帰る頃になると決まって下駄箱の中の靴が片一方消えていた。
仕方なく片足靴下のまま帰ろうとすると決まって途中で待ち伏せにあった。
教室で中心になっていじめてきたガキ大将が子分を従え通せんぼし通過しようとする久美目掛け石を投げるよう命じ、痛さにうずくまるともう一方の鞄などを取り上げ田んぼの中に投げ込んだ。
どんなことをされても泣かないで堪え続けるとあきらめて帰ってくれる。
泥だらけ、傷だらけになって帰って濡れた教科書をきれいな水で洗い乾かし、汚れた靴や衣服を盥を使って洗濯した。
感情を表情にあらわさないこと、泣かないで堪えることが相手を諦めさせるコツだとこの時悟った。
この淡路で出来た初めての友達といえば皮肉にも母が半ば囲われている旦那の娘で、母が何処かに呼び出されている間だけこの家に遊びに来ることを許されていた。
もちろん本妻が自宅に控えているときにである。
この家はこの地区では珍しい洋館だった。
それも相当に大きい。
訪問してすぐに玄関に迎えに出てくれたのがきれいな洋服に身を包んだこの家の一人娘だった。
まるで西洋の子供みたいに着飾ったこの娘は久美に一生懸命話しかけてくれる。
自慢話であるが、その久美は田舎育ち故口数が極端に少なかったので 「うん」 とか 「はい」 程度しか受け答えができないでいた。
それもそのはずで、この頃でもまだ田舎の訛り (女衒が棲む地方訛り) が抜けなくて大阪に出た当初はこのことでずいぶん小馬鹿にされ、故に余計訛りが、発音が妙な雰囲気になりはしないかと思うと今度は恐ろしく話すこと自体恥ずかしかったのだ。
そんなことはお構いなしに娘は久美に向かってありったけの知識を披露し、それでも足りないとみるや自分の持っている自慢の遊び道具を持ってきて自慢げに披露した。 ただし、一切触らせてはくれなかった。
その理由を
「汚れるから、触らないで!」 と、
ハキハキとこう口にするのだ。
久美も女の子なればこそ娘が出してくれたリカちゃん人形が欲しくたまらない。 せめて触れるのだけでもと思うのだが、それを触ろうとするたびに
「汚い!」と、
罵られ遮られ、取り上げらてた。
それでも母親の用事が終わるまでこの家にいなさいという言いつけだけは一生懸命守ったのである。
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