知佳の美貌録「わたしは泣かない」

今日のように車が通れるほどの道幅の畦道はそもそも昔は無かった。 だから今日のように道と名が付けばどこでも車らしきものがが通り抜け出来るかというとそうでもない。
農道を通れば近道ということを付近の住民は良く知っていて便利なものだから許可も得ずしてそこを通っただけのことである。 だが、その特定と呼ばれる人間がそこを通るのを嫌がる地主もいたのである。
母の好子が囲われている旦那の娘と頑張って仲良くなれたと思った翌日、学校から帰ろうとすると下駄箱に入っているはずの靴が片方なくなっていた。
朝はちゃんと下駄箱に収めておいたはずの靴であり、何もしないのになくなるなどあろう筈がないがこういった折の隠しものは大体見つからないのが普通だ。
それでもせっかく買ってもらった大事な靴、久美は懸命に悪ガキどもが隠すであろう場所を探したがとうとう見つからなかった。
原因はおおよそ見当がついていた。
今朝、登校すると教室に現れた久美を見るみんなの目つきや態度が担任の先生に転校生として紹介していただいたときと微妙に違っていて、しかもあの娘の元に数人のガキ大将多集まりひそひそと何か相談をしていたのだ。

久美の靴を隠したのはおそらくその連中だろうと想像がついた。 母に呼ばれ囲われてる旦那の元へ遊びに行った時からしてあの子は久美をまるで蔑むような眼で見たからだ。
終業のチャイムが鳴ると久美は探すのを諦め残った片方だけの靴を履き、もう一方は素足のまま帰途に就いた。
両方素足という方法もあるのだが久美の中では絶対盗まれたと確信があって、それならこれ見よがしに片方素足で帰れば隠した相手も動揺すると踏んでのことだった。
ちょうど田植えが終わったばかりの田圃のあぜ道付近に差し掛かった時、突然物陰からあの娘とガキ大将連中が飛び出してきて片方素足で歩く久美をやいのやいのと囃し立てた。
逃げ惑う久美に向かってガキ大将連中が全員横に並び手を繋ぎ通せんぼをした。
持ってたカバンを無理やり剥ぎ取られ、取り戻そうとする久美を全員で寄ってたかって手渡ししつつ追わせ疲れさせ終いに田圃に投げ込まれた。
それを拾おうとすると後ろからあの娘に田圃に突き落とされた。
全身田圃の泥にまみれになり、しかもぬかるみに足を取られ鞄を拾うのが遅れたため中の教科書もほとんど濡れた。 それでも久美は泣かなかった。
弟とふたりっきりで暮らした八尾時代、久美はコロッケ屋のおやじにしたたかぶたれたことがある。
泣き叫べば泣き叫ぶほど打つ力は増していった。 この時思った。
泣いたら相手が大の大人であっても余計に暴力はその度合いを増すと。
だから歯を食いしばって耐えた。
ずぶ濡れになって帰りつき、教科書も含め汚れたものを盥 (たらい) で洗濯し、濡れた本をお日様の下で一枚一枚広げ乾かす久美を見て好子はろくすっぽ理由も聞かず怒鳴ったが、久美は頑として自分の方から親に向かって事情を話さなかった。
下手なことを言えば好子であっても激高し、学校に因縁をつけに走るに違いない。
そうすれば事はもっと大きくなる。
学校に通うことすらできなくなる。
久美はどんなことがあっても勉強だけはしたかった。
好子が告げ口したのだろう、帰ってきた父親からひどく打たれたが、それでも口を開かなかった。
校内でもそうだが帰り道でも相変わらず待ち伏せは続いた。
ただ単によそ者というのではなく汚いだの臭いだの貧乏人というのが大きな理由だった。
久美が黙っているものだから言葉尻が険しくなり石を投げつけたり棒っ切れで交代々叩きまわすようなやり方が始まる。
挙句手に持っているものを奪って遠くとか汚れた場所に放り投げるなどが始まる。
そうしておいて究極は通せんぼだ。
家路に着けないよう道をガキどもが折り重なるようにし封鎖する。
動じないとみるやそれらは次第にエスカレートする。
頭を両手で抱え込み地面にうずくまって相手に顔が見えないよう、身動きしないようにするしかなかった。
解決したのはガキ大将連中のうちのひとりが事の重大さに耐えかね親に相談したことからいじめが発覚、隠していた靴を返してくれて、久美は数日後まるで何事もなかったかのように通学できた。 だが恐らく言い出しっぺであったろうあの子の口から謝りの言葉はとうとうこの学校を転向するまで発せられなかった。
- 関連記事
-
-
知佳の美貌録「逃避行再び 収監された母」 2021/10/02
-
知佳の美貌録「わたしは泣かない」 2021/10/01
-
知佳の美貌録「執拗ないじめ」 2021/09/30
-
テーマ : 女衒の家に生まれ・・・ 高原ホテル
ジャンル : アダルト