知佳の美貌録「死にゆくものに鞭打つ父」

今の時代からいえば信じられないことだが、飯場(はんば)で暮らしていたときもそうであったように久美たち姉・弟は義務教育という概念に縛られていた。 せっかく女衒が呼び寄せてくれたというのに学校関係者からの呼び出しで大阪に、もといた学校に帰らなければならくなった。 残すところわずかではあっても学業を中途で投げ出すわけにはいかなかったからである。 当然女衒やご隠居さんは案じた。 たとえ我が孫の好子を釈放に導くことができたとしても、法律上元のような仕事につかすわけにはいかない。 売春まがいのことはご法度だったからだ。 大阪に帰せばたちまち生活費に事欠くことになる。 働こうとしない父親と暮らさせるには、あまりにも忍びないと思ったのか女衒は久美たち姉弟のため、泣いて頼む妻のため、大阪に生活が成り立つよう送金することになる。 危ういと思わないでもなかった。 久美は幼いゆえ直接現金書き止めを送り付けるわけにはいかなかったからだ。 そこは当然という顔をして、あの呑兵衛が受け取ろうとするだろう。 いや、この呑兵衛の宛先を書くしか届ける方法を思いつかなかった。 こうして女衒は好子を釈放すべく金を残しつつも、残りのすべてを大阪に月々に分け送金を始めてしまう。 しかもそれを2年間も続けさせることになる。
呑む打つに拍車
送られてきた現金の、ほぼすべてを幸吉が握り 浴びるほど呑み将棋賭博に使いまくった。 それはそうだろう、なにせ思いもかけなかったまとまった金が毎月決まって届けられてくる。 気も大きくなるというものだ。 女衒宅に呼び戻される前と変わらぬ、いやもっと大仰な生活がまた始まった。 この男、以前と違うところと言えば暴力が一段と増し、大ぼらを吹いて歩き周る、一種傍若無人な振る舞いが目立つようになったところかもしれない。 良心という最も尊いものを失いつつあったところかもしれない。
死にゆくものに鞭打つ幸吉
このようにして遊び歩くものだから、送られてきた現金なぞたちまち消え失せてしまう。 上げ膳据え膳で生活を送らせてもらったはずなのに、まだ足りないと思うようになっていった。 以前なら好子が金の無心をしていたものを、幸吉はこのころから女衒に向かい直接金の要求をし始める。 が、無い袖は振りようがなかった。 女衒からこれ以上搾り取れないと知った幸吉は実家の、梗塞で躰が少し不自由になった実父から金をせびり取ろうと、久美たちに告げることなく勝手に大阪を離れ帰省してしまう。 有り金全部持ち出され、久美は父不在の間 過去に給食を持ち帰り飢えをしのいだ時のように街に彷徨い出てモノ漁りを始めてしまう。 実家に帰りついた幸吉は、同じく財産を狙っていた兄弟・姉妹との遺産の争いに敗れ、しかも争いを聞いて駆け付けた党員(隠れスジ者)に罵声を浴びせられ、ほとんど何も持たせてもらえないまま大阪に叩き返されてしまった。 ありていに言えば打ち据えられ縁を切られ追い返されていた。
ひねくれた父、それと知らず喜び勇んで帰ってきた母
仮保釈は突然告げられる。 保釈が決まると捕まった時に剥ぎ取られていたものなどを持たされ、いきなり放たれる。 夢にまで見たシャバの空気に喜び勇んで 祖母が教えてくれた子供たちが住み暮らす住所に舞い戻る母。 帰り着いて唖然とした。 思いもよらない貧困の中、子供たちは生活していた。 一銭も持たないで帰ってこれる家ではなかった。 案の定と言おうか、その日から好子に向かい幸吉の暴力が始まった。 吞む金を、遊びに行く金を今すぐ稼いで来いと目を血走らせ怒鳴る。 捕まる前なら躰を売ってでもお金を手に入れ酒を買って持ち帰っただろうが、仮保釈が叶った今、そんなことはどうあってもできなかった。 実父に勘当され女房に不貞され気が弱くなった夫の、ささやかな願いなのに身を売るのを拒絶され、幸吉の気持ちは行き場を失っていった。 手あたり次第モノが飛ぶ。 好子はただただ子供をかばい逃げ惑うしかなかった。
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