知佳の美貌録「昇龍の刺青の伯父さん宅」

伯父さん宅に好んで出入りするのは決まって久美で、弟は怖気を奮い近づこうともしなかったという。
時代が変わり、スジの者を追い出す風潮が顕著になり、伯父さんは追われるようにして名古屋に出ていったっきり二度と生きて会うことができなかった。
かすかな思い出の中に刺青を背負った伯父さんがいる。 あれは暑い夏の日
伯父さん宅に行くとバスタオルを背中に羽織り縁側に腰掛け伯父さんが涼んでいた。
わたしを見かけると 「おい、久美が来たぞ。西瓜があったろう。切ってやれ」
こう、台所にいる奥さんに声をかけてくれた。
貧困にあえぐこの時代、自宅で西瓜を食べるなんてことはまずなかった。
それを気前よく、わたしのために出してくれた。
西瓜を食べている間、伯父さんはバスタオルを羽織ってじっと久美をみていた。
「美味しいか」 目を細めて聞く伯父さんに理由がわからずこう聞いたことがある。
「伯父さん、暑いからバスタオルとったら?」 暑いんだから脱げばいいのにと確か言ったような気がする。
後に聞いた話だが、こんなことをほかの人なら後にも先にも絶対この人に聞かなかったという。
それは昔スジの人だったからだ。
久美をことのほか可愛がってくれたのは幼いくせに業界でも一目置くほどの度胸を持っていながら、いつも屈託のない笑顔を絶やさないのと。
まだ何にも知らない無垢な年齢だったのだろう
「伯父さんんの背中には昔やんちゃしとったときの痕があってな」
西瓜を夢中で食べる久美に向かって伯父さんはやさしく、こう応えてくれた。
この伯父さんが亡くなる直前まで久美に会いたがっていたと聞かされた。
それはスジをなんとも思わないような、そんな度胸で接してくれる心地よさがむしろ心地よかったのだろう。
子供ができなかった夫婦は
是非とも久美を養女に迎えたいと前々から打診してくれていたと、伯父さんが亡くなってのち母から聞かされた。
「お前の母親もだが、お前はそれ以上に度胸の据わったやつ」
いつか組を抜け、守ってきたものをこの子にと そう思ったようだったと。
目を細めて諭してくれた伯父さんから 「ねえ、ちょっと見ていい?」
こう言うや否やろくすっぽ返事も聞かずさっさと背中に回りバスタオルをパッとどけたものだ
久美にとって初めて見る、目を見張るようなきれいな昇龍の入れ墨がそこにあった
汗ばんだ背中だったから余計に鮮やかに見えたのか、龍が天に昇る姿が目に焼き付いた。
このことを帰って母に話すと 「そう… 私もまだ見せてもらったことないんだよ」 と、こう応えてくれたものだ。
「わぁ~きれい!!」 「伯父さん、なんでこんなきれいなの隠すの」
「これは我慢と言ってな」 組のもんぐらいしか入れん
「見せたりしたら誰も寄り付かん」 久美の頭を撫でながらこう教えてくれた。
「どんなに暑くて辛かろうが我慢する」 そのために彫ったんだと。
風呂上りなど、滝のように汗が流れる
それでも奥さんはサッとタオルをかけそれを隠す、そんなもんだと今の今まで信じ込んでいた
それを久美がバッサリ切り捨ててくれた。
久美はそれを見る以前、不思議に思っていたことがあった。
近所で争いごとがあると、必ず最後は伯父さんが呼び出された。
どんなに罵り合い、殴り合いのけんかでも 伯父さんが顔を出すと静まり返った。
「俺の顔に免じて」 ここは堪えてやってくれんか。
この一言で有無を言わさず諍いを治めていた。
それが昇龍だったのだと、この時初めて知った。
「わたしも大きくなったら伯父さんみたいに昇龍入れたい」
スジの女じゃなく、鉄火の女になってやるんだという意味で放った言葉だと思う。
伯父さんは、ただ笑ってみているだけだった。
- 関連記事
-
-
知佳の美貌録「甲冑の部屋に寝かされて」 2021/10/07
-
知佳の美貌録「昇龍の刺青の伯父さん宅」 2021/10/06
-
知佳の美貌録「墓参りの楽しみ」 2021/10/05
-
テーマ : 女衒の家に生まれ・・・ 高原ホテル
ジャンル : アダルト
その他連絡事項
- 官能小説『知佳の美貌録「お泊まりデート」 彼のマンションから朝帰りする久美の次女瑠美』
- 小説『残照 序章』
- 小説『残照』
- 官能小説『ひそかに心を寄せる茶店の女店主』
- 官能小説『父親の面影を追い求め』
- 掘割の畔に棲む女

- 残照
- 老いらくの恋
- ヒトツバタゴの咲く島で