知佳の美貌録「お茶汲みから始まって専務秘書にまで上り詰め」
自動車会社ともなれば従業員よりお客様の好みを覚えお茶を煎れることこそ大切な仕事。 市内でも顧客の多さを誇っていた久美が勤める会社ではお客様も入れ代わり立ち代わりくる。 その顧客の会話の内容や好みを全て暗記しもてなす。 まるでクラブのホステスのような接客を久美は自然のうちにこなしていた。 お茶の上手な淹れ方はご隠居様に、接客あしらいは母を真似、人の名前と好みは苦しかった大阪時代に身に着けた生きる術。 どこの山奥から拾ってきたかというような芋姉ちゃん風に見え、実は切れ者というところが逆に親しみを抱かせたのだろう、男性従業員にウケた。 誰も彼も久美にお茶を頼むようになってきたのだ。
高等な筆記試験と面接に合格し配属された職場の最初の仕事は案の定ひたすらお茶汲みだった。
ひとりひとりの好みを覚えお茶を出す。
それ以外の時間は必要もない書類整理などをさせられた。
書類整理を急いでやってしまうと、そのあとは何もすることがなくひたすら終業時間を待つだけになる。
学校で学んできたことが何ひとつ役立たない職場に、久美はそれでもその夏までは我慢して勤め上げた。
なぜなら、同期ばかりじゃなく先輩の女性社員のほとんどが久美が後輩として配属された今でもそのような待遇で、我慢して働いていたからだった。
久美がこうまでしてこんな会社で働こうと決意したのにはそれなりのワケがある。
幼少期から今日まで、何かと面倒を見てきた弟を、この先もず~っと守ってやりたかった。
外に男を作って遊び歩く母親、かつて神童・将棋の天才として名をはせた、その栄光にしがみつき酒に溺れ暴力を振るう父親。
そんな家庭から勉強してえらくなっていつか出ていくんだと頑張る弟を支えてやるのが昔も今も久美の役目だと思っていた。
アホを絵にかいたような社長の下で働くことを決意したのも、この地区で弟を守り働こうとするならこの会社以外お金に余裕を持てるほどの働き口がなかったからだった。
だから久美もバカになりきって働いた。
この仕事のやり方に我慢できなくなって会社側に盾突いたのは夏のボーナスの査定を見てからだった。
同期入社の男子社員とでは明らかに差があった。
差があったどころじゃなく、久美は日給制なのに男性はすべからく月給制。この差がまず我慢できなかった。 日給制の社員には雀の涙程度しかボーナスが出なかったからだ。
「好き好んでお茶汲みなんかやってない!」
「なんでわたしより明らかに入社試験の結果が劣るヤツが月給で、万点取ったのに女は日給、しかも来る日も来る日もお茶汲みと電話番、書類整理なの?」
あんな程度の低い問題しか作れなかった会社のお前らがえっらそうに! 別に辞めたっていいんだよ、このバカ会社のぼんくらどもが。
一気にまくしたてた。
「出来が悪いんだからお茶ぐらい自分で煎れて飲め!」
周囲が止めるのも聞かず人事部にこういって殴り込みをかけ給料と待遇について直接談判した。
高いとまでは言えないが、少なからず給料払ってお茶汲みさせるぐらいなら自販機でも置いて勝手に煎れて飲んだらどうかと食って掛かった。
ろくすっぽ会社に貢献できないバカ社員に、給料など払う必要ない。「それが不満なら徹底的に給料を下げ辞めて出ていくように仕向けてやったらいいんだ」
個人を名指ししてまで辛辣な意見を述べたわけではなかったが、会社といっても事務所とは名ばかりで衝立ひとつ隔て現場がすぐ隣に並んでいる。
何事かと仕事の手を止めて聞き入るものまであった。
「これまで女子事務員からそのような申し入れはなかった」
「気持ち的にも女性が煎れてくれた茶の方が旨いし、会社の伝統みたいなもんで進んで煎れてくれているものとばかり思っていた」
「今後は各自でお茶は用意させる」回答は即決だったが給与や賞与については聞かなかったことにされた。
久美は即刻翌日、一般事務から営業事務に回された。
事務の内容はさしてかわらないものだったが、ひとつだけこれまでと違う点があった。
出来の悪い営業の補佐がそれだった。
ろくすっぽ学業も修めず、ただ男というだけで正規雇用として社の花形の営業に回り、ひとり1台社用車を使わせてもらえ、絨毯爆撃の如く家々を、とにかく手あたり次第回り騙しまくって高級車を”押し付け”て逃げ帰る。
酷いものになると、わざと夜遅くに押しかけ、深夜から始まって明け方まで粘り押し売りし、根負けした客に本来望んでいた車より数段値の張る高級車を押し付け、意気揚々と帰ってくる。
いい加減な口車で上がり込み、脅しすかして顧客に車を擦り付けて逃げ帰ってくる。 「乗客様にはサービスとして期間限定で〇〇と△▲をお付けしています」そうまで嘘八百を並べ立ててちゃんとした返事を待たずしてハンコだけ捺させ逃げ帰る。
客は車屋の実態など知らない、それほど自分のことを良い客だと思ってくれたのかと、これまたロハで意気揚々と車を引き取りに来る。
引き渡す側としては空手形に追い銭とくればたまったものじゃない。当然なんやかやと言い訳し車を渡すのを引き伸ばそうとする。
客の申し出を全て誠と受け止めサービスを付け足したなら、会社としてのソロバンが合わなくなる。現場は本来なら正直にその旨を伝えるしかない。だからアホの窓口業務員は表情・態度を客に向かってあからさまに顔に出す。
そうすると顧客から必ず苦情(クレーム)が舞い込む。
その電話対応と車の引き渡し・払おうとしない顧客宅への集金、要するに「お前はヤー様か?」というような取り立て仕事を久美はさせられた。
課長だろうが係長だろうが古参に向かってメンチを切った久美の鼻息の粗さをこのような手法で、喧嘩相手の人事は利用してきた。
お茶汲みだった久美の前に缶茶を差し出し、暗に懇願してくる営業と上司の男ども。
自慢じゃないが家柄から言えば泣く子も黙る女衒の血筋、地区でも名の売れたスジの生まれ、可愛らしい顔してるくせに一度怒りに火を付けたら鉄火の女になる。
いつしか顧客ばかりか会社内でも変な意味で一目置かれるようになっていった。
自転車しか乗れない久美に、遥か彼方の顧客の集金なぞできるわけがないが、断ってしまえば営業は自腹を切って件の車を買わされることになる。そこで久美の出番が来るわけだ。
久美は、会社のあらゆる男子社員に色目を使い、時には脅し、取り立て屋の使い走り、つまりアッシーくんをさせた。
断れば即、事務所や上役に名指しで言いつけた。
「○○さんが苦労して売っていただいたお金を集金してこいって課長さんに・・・ でもね、△×さんが行くの嫌だって」当人の目の前で係長に言いつける。
「俺はそんなこと言ってない。今忙しいからちょっと待ってと・・・」
「あっそ。 ちょっと待ってたら行ってくれるんだー」
このやり方が良い方にも悪い方にも働いた。もちろん誰も久美のことを女衒の出だとは知らない、にもかかわらずどこかソレ風に感じるのだろう。
ある日など、掃除当番で休憩室のテーブル上に開いたまま半ば食べ終わった弁当箱があった。
責任感の強い久美のこと、ふしだらな母に代わって台所をこなしてきたからには当然、その弁当箱の食い残しを角の立たないよう処理し洗って元あった場所に返しておいた。
騒ぎは翌朝起こった。
車内でも久美曰く、出来の悪さでは頭抜けた男〇▲が顔を腫らして出勤してきたからだ。
酒など一滴だって飲めないこの男でも、時には夜の街で暴力団に鉢合わせになり傷めつけられるんだと勘違いした同僚が騒ぎ立て、警察に通報しようとして慌てた当人からポツリポツリと事情を聴き出すこととなり大笑いとなった。
それによると、
弁当箱の件を奥さんに追及されたアホ男はビンタを喰らった挙句明け方まで説教され、仕事があると逃げ出して会社に来ていた。
「ちょっと久美ちゃん、あんた確か昨日掃除当番だったわよね」
「はい、それがどうかしたんですか? ちゃんときれいに掃除したはずなんだけど」
事務員の誰もが手抜きする掃除を、立場が上になっても私はちゃんとやってますと、この時久美は胸を張って応えた。
「その時テーブルの上に置いてあった食い残しの弁当箱。まさか久美ちゃん それ洗ったりしなかったわよね?」
「あらっ、ちゃんときれいに洗って包んで元のところに置いといたわよ。それがどうしたの?」
「やっぱり~ 余計なことするから久美ちゃんったら~ 訊いた?今朝の騒ぎ。第一さ~ せっかく作ってくれたお弁当を、そりゃさ~ いくら不味かったとはいえ半分食い散らかして蓋を開けたまま放置するかね~ あのバカ男」殴られたという。
バカ男と妻との関係はというと
このオンナは今も務めている施設の妻子持ちの上司に熱を上げ追っかけをしていた独身時代、煮え切らない男を振り切って歩いて家路に向かっていて、それをたまたま通りかかったこのバカ男が見つけ親切心から乗せてしまい、上司とヤリたくて乗る前から火が点いていたオンナのこと 車の中でいかがわしい行為に発展しマウンティングとなり女の胎内に望まぬものが出来てしまって結婚と相成ったという絵に描いたような逆ナン夫婦だったのだ。
ただ良かった点と言えば、同僚がたまたまほんの少し前に式を挙げていて、バカ男も負けてならじと結婚したんだろうと当初は言われていた。
この不倫妻が頻繁に妻子ある 件の上司である男の車の助手席に乗っているところを社員たちに目撃されるまでのわずかの期間ではあるが
つまり、自他ともに不倫には敏感で、自分のことはさておき 夫が会社の誰かと不倫と思った瞬間にビンタ・・・となった訳だ。
「良心でやったこととはいえ、一応謝っといた方がいいよ。なんせあの奥さんてさ、有名だから」現場職員まで忠告してきた。
そんなこととはまるで知らなかったし気乗りがしなかったが「申し訳ありませんでした。あなたのお弁当だと知らなかったから」久美が謝ると
「悪いけど、次からこんなことしないでくれる」バカ男は居丈高に言い切ったものだ。
案の定その日のうちに件の妻が会社に乗り込んできて大騒ぎとなった。
確かに派手な営業職を抱えている車屋、親友社員に手を出し妻が乗り込んでくるなど毎度のことだったが、ことが大きくなると必ずと言っていいほど女の方から身を引いてくれた。
優秀な営業職ともなれば、会社側も妻側もそこは落としどころを心得ている。
だが、所かまわず不倫しまくるオンナとあっては、しかもそれが社員の妻とあっては会社だってメンツというものがある。
上手くとりなしてくれたのは、あの怒鳴り上げた人事課長だった。
女子社員と言えど営業受付は会社の表の顔、今後こんな問題が起きるようならとても営業には置いておけないとまたまた場所替えになった。
それが専務の守り番だった。
脳梗塞を患った専務は身体の片側麻痺ばかりじゃなく言葉も不自由になっていた。
病気療養のため名目上自宅待機にしてはあるものの、止めても止めても出勤してくる。しかし・・・
困ったことに彼が口にする言葉を、誰ひとりとして理解できないでいた。
興奮すればするほど何をしゃべっているのか理解できない、が、業績が心配で毎日欠かさず出勤し売り上げにかかわる業務をこなそうとする。
専務というだけあって、やっていることは他に例を見ないほど真っ当だった。が、いかんせん言葉がわからないから逆に怒らせてしまう。
その守り番を、なぜか久美にまかされた。
それというのも、不平不満があるとすぐに事務所に怒鳴り込む久美 たまたま怒鳴っている最中にしょぼくれた爺様が事務所に来て妙なことを口走った。
事務所一同、見て見ぬふりをしたが、久美だけは受け答えをしてしまった。
そのムサイ爺様が専務、人事課長から専務がなにをしゃべったか聞かれた久美は澱みなくこれに応えた。
爺様のあとを追いかけるように専務室に連れて行かれ、そこに置き去りにされた。
久美を連れてきた理由すら説明できない人事課長は、専務が怖く一言も発せられないものだから人身御供に久美を置いて逃げ帰ってしまった。
必死に何か話しかける爺様に、この時も仕方なく久美は受け答えしてしまっていた。
真意は見事に当たっていたらしい。
人事課長権限を通り越し、専務が来社の折は秘書となってしまった。
言葉の解釈、これには深いわけがあった。
父の幸吉が幾度かの脳梗塞の後に言葉が不自由になり、”どもる” 話す内容を理解できるのは久美だけになっていて、日ごろから聞き慣れていたからに他ならない。
早口でまくしたてる専務の要望に応え、売り上げ統計を作ったり戦略文章をタイプ打ちしたり、はたまたそれをグラフにして目立つ場所に貼り出したりと細やかに働いたため、会社では社長ですら一目置かれる存在になっていった。
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