知佳の美貌録「なけなしの5千円を握りしめ」

結婚以前のように正規雇用でそれなりの会社に勤めていた時は何かあれば上司が相談に乗ってくれ対処もしてくれる。 夫の言葉を信用し夜の生活は乞われるまま行い続けた。 毎朝家を出るからには会社に行ってるとばかり思っていた久美。 だが実はこのころすでに人間関係が崩壊し、会社に行くふりをしてパチンコなどで時間を過ごしていたようで給与は減っていった。 そんなこととはつゆ知らず、避妊などしなかった久美は程なくして妊娠したことを知る。 会社の規則では産休が認められていたが諸先輩は全員寿退社してた、実際臨月になると代わりがいないから新規に雇わなければならないと悩みごとのような口ぶりをされ、半強制的に解雇にされた。 非正規雇用、つまりアルバイトで食いつなぐようになると頼れるのは夫だけになる。 その夫が姑や実兄の意のままに操られていたとしたらどうだろう。
結婚したてのころ旦那は漁連に勤めていた。 人の表情が読み取れない(ずっと後になって分かったが)ためか公務員であった父親が裏から手をまわし入社させたにもかかわらず肝心の父親の目が届かなくなる(癌に侵され入院が長引くと認知を発症する)と出勤拒否を繰り返し、それを機に嫁に泣きつき嫁が足りない分仕事に出るという条件をのみ意気揚々退職してしまった。 旦那の少ない給与であっても余り物を頂いてきてくれるお陰で安普請の借家ながら食べていくことはどうにかできたが旦那が無給になり、おまけに実家に入り浸ってしまってからは、やれ借家がオンボロだの実家から遠いだのと妻の久美にではなく実家に泣きつき、とうとう姑と義兄が同情し家探しを手伝って勝手に別の借家に移ってしまった。
たかだか月1万5千円借家賃が増えただけなのだが、それがすべてアルバイトで稼ぐ久美の肩にのしかかってきたからたまらない。 預貯金などできるはずもなかった。 口下手だからと職安にも出向こうとしない。 「あの人に仕事させてあげてくれない?」久美の願いを聞き入れ自営で設備の仕事をやっていた義兄は、役立たずの弟をそれと知っていて社員として雇ってくれた。 だがひとつだけ問題があった。 とかく仕事にかかるのが遅いのである。 仕事を言いつけても始めてくれるまでにゆうに2時間は要すことになる。 今何をやるべきか皆目わからないのだ。 当然先輩方の不満が募る。 それを社長だからと義兄が抑え、社員が稼いでくれたものを働きのない弟に回すようなことをやった。 なのに格付けは責任者側だった。 嫌気がさした社員は次々に辞めていった。 それを義兄である社長自ら現場に出て庇ったのである。 人数のわりに儲からないし、仕事がはかどらないものだから仕事が来なくなる。 当然給与は低かった。 それもそのはずで、後になって分かったことだが通勤に使う車などの経費は会社持ちになっていたからだ。 それを知らずして久美は旦那用の車を買い、経費を含めたガソリン代なども真っ正直に渡していた。
サラ金に手を出す
久美が新婚間もなく働きに出なければならなかった理由は、なにも夫が不甲斐無いだけじゃなかった。
不甲斐無いには違いないが、家出した母に代わって実父の幸吉は事あるごとに久美に金品を強請り(ねだり)に来たのである。 それもこれも出て行った妻の後を追いかけ、情交を持った男どもを強請ってきたが、ある時その現場を官憲に押さえられ手が出せなくなったからだ。 自分達でさえ食べていくのに精一杯の、ろくに働きもしない亭主を抱える貧乏所帯に酒に酔った勢いで押しかけては恫喝し、夫の手前何事も無かったかのようにふるまいたい久美を表に呼び出し「お前の家庭を同じ目に合わせてやろうか」と強請り金を工面させるのだ。 親元と手を切りたい久美は「これっきり」を約束させ手持ちのお金を全て渡した。 それを取り返す、挽回すべく働くが寝る間も惜しんで働いても自給が安く貧乏に追いつくはずもなかった。
精神的に育ってない夫は幸吉が来訪すると困ったような目つきをするものの のそりと二階に逃げ、幸吉が帰ったとみるやまっしぐらに実家に駆け付け久美の悪口を並べ立てるのだ。
姑との間にいつしか不和が募り久美の留守を狙い姑が自宅に上がり込み、隅から隅まで家探しするようになった。
息子が汗水たらして稼いだ金だから呑んだくれの幸吉にくれてやる金など無いと、久美がコツコツ貯めたお金なのに金品はことごとく持ち去って息子に与えるようになっていったのである。 挙句、それを指摘すると口汚く罵られる。
ようやく少しお金が貯まり、支払いに回そうと考えていた矢先、仕事帰りに保育園で子供を迎え家に帰ってみれば、まるで空き巣が入ったような有様になっていた。
元々お互い貯蓄もないまま結婚したものだから、元禄の世のように部屋はガランとしており ろくな家財道具もない。
そこに押し入って金品を持ち去られては質草すら残らない、その日の食べ物を買うお金にも事欠くというのに、自分だけは実家で飲み食いし家族が寝るころになると酔った勢いで車に乗って帰って来て酒やタバコを要求する。
それでも久美は子供たちや、夕食の時間になると帰ってくる夫に食べ物を与えなければならないと方々駆け巡った。 裏の世界に未だ足を踏み入れてない久美に、困ったからと言って何かを与えてくれる男などいない。
金の出どころはサラ金しかなかった。 狂ったように借りた。そんなことを悟られまいと食事の時間だけはにこやかにふるまった。
借金は雪だるま式に増え、2千万を超えたが、幸吉の要求はとどまるどころか言うがまま出してくれたことから図に乗り益々増えた。
夫も、月々多くて15万稼げなかったが煙草とガソリン、お茶代合わせ2万と、それとは別に3万の仕事仲間への付き合い費と称する小遣いを要求された。うだつの上がらなさを、休憩時間ともなれば缶コーヒーを差し出すなどし袖の下で補っていたのだ。
15万の稼ぎの中から小遣い5万はキツイのに、自宅で吸う煙草代と酒代は別に出させたのである。
歩いて10分ほどの実家兼会社に通うのにガソリン代というのも変なら父親として、この収入でギャンブル好きというのもちょっとという知能程度に問題がある夫だったが、なにせ育ちの悪さをカバーしたかったものだから久美の方から逆ナンし結婚に漕ぎ着けている。 そうでもしなければ自分のような呑んだくれや子供を捨てて男と夜逃げするような家庭で育ったものに結婚してくれる相手などいない。 そう思いつめていた。 難癖をつけられたくなくて要求されればされただけ渡した。
命を繋ぐ何かが次々に止まる
誰に説明しても無駄だった。
連日連夜、督促状が舞い込むようになっていった。
家賃はもちろん、電話代も新聞代すらも払えないから止められた。
そのうちに幾度か電気も止められた。 闇夜が恐ろしく、旦那を誘惑するあの友達にお願いしお金を借りて払った。 アルバイトに出なければならず、子供の世話をお願いする者がいなく、仕方なしに旦那を誘惑する友人に頼んだこともある。 夫は喜び、もちろん彼女も快く来てくれはした。 その彼女にである。 だが、数千円のお金は貸してくれるものの万がつくと途端に渋った。
昼間、玄関先にやくざ風の取り立て屋が現れれるようになると、あれほど妻に世話になっておきながら夫は実家に行ったまま帰ってこなくなった。
家には久美と女の子ふたりが残された。 男手のない家の、どんなに心もとなかったことか、久美はそれでも子供だけは健全に育てたかった。
玄関に鍵を掛け、カーテンを閉め切って部屋を暗くして声を潜めるようにしながら親子3人暮らした。
自分だけ脅されたなら我慢もしようが、子供がいてはどうしようもなかった。
眠れない日が続き、正気でいられなくなっていった。
懸命に考えた久美は、電話帳を調べ、そこに掲載されていた名簿上一番最初に書かれている弁護士の元へなけなしの5千円を握りしめ、子供を負ぶって駆け込んだ。
弁護士というのは相談料だけでどんなに安くとも30分5千円はふんだくる。
それでも、久美にはもうこれしか手段はなかった。
弁護士に向かって切々と訴えかける久美の話を、その人はじっと聞いてくれた。
「よし、わかった」 その場で、サラ金業を営む大阪のやくざの事務所に向かって電話を入れてくれた。
「○○弁護士やがな・・・」
懸命に返済に当たるものに向かって、法外な利息をつけ脅した挙句、その利息すら返せない弱者に更なる貸し付けを強要するようなやつは法に照らす。
やくざごときが脅し・・・という部分を盾にとって弁護士は電話で逆に相手を恫喝した。
それで一切が終わった。
「23,4の小娘が、ええ度胸しとるやないか」
翌日電話がかかって来て恐る恐る問い合わせる久美に、「もうええわ!」相手はこう捨て台詞を吐いた。
その日の夜、いつもどおり実父が金をせびってきたが、やくざから言われたことと弁護士からの言葉を伝えると逃げるように帰って行った。
久美は、それでも借金を、頭金だけでもと懸命に払い続けた。
元本は返さない限り減りはしないが、法外な利息は弁護士が介入してくれたことで以降はつかなかった。
何年もかかって久美は2千万円の借金を、久美なりに考えた挙句の寝ずして働く方法で返し終えた。
あの時、電話帳に載っていた弁護士の選び方を間違えていれば、恐らく自分も子供も命はなかったと思うと、後になって語ってくれた。
運が良かったのはそれだけではなかった。
翌年、何気なく開いた新聞の一面に、その弁護士の訃報が載っていた。
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