知佳の美貌録「無賃乗車」

毎朝、懸命に自転車をこいで高原行きのバスの停留所に向かう久美。
彼女の住まいの近くを走る路線バスは駅とエロ温泉を繋いでいる幹線道が1本あるだけ、高原行きの路線の停留所は一番近いところでも家から2キロばかり離れている。
もしも自転車を使わず最初から最寄りの停留所に止まるバスで駅に行き、高原行きに乗り換えようとすると更に1.5キロばかり遠回りになる。
しかも連絡(エロ温泉発の駅着バスは〇〇高原発に)していない。 過疎地へのバスは列車時刻に合わせ運行しているのだ。
税理士とメインバンクがタッグを組んで、普通では考えられない僻地の倒産間際のホテルに久美を派遣していた。
無賃乗車
だから久美はその途中の停留所で高原行きのバスを待つのが常だった。
自転車で向かった先の、公園前に止まる高原行きの路線バスには久美以外に乗り降りするものは、滅多にいない。
最初乗った時こそ双方とも知らない者同士だから遠慮もあったが、田舎駅を出て山に登り始め久美とふたりっきりになると運転手がまず話し始め、久美も気軽にこれに応じ、いつのまにか仲良しになっていた。
そうこうするうちに何時のまにか運転手は、久美のために中央部の乗車口を開けるのではなく、運転席脇の降車口のドアを開けてくれるようになった。
最初に開けてくれた時、なにしろ降車口は開いたのに誰も降りてこず、いつまで待っても乗車口が開かない。
戸惑ってる久美に、その時どこからか声をかけるものがいた。
「前から乗っていいよ!」声の主は運転手だった。
乗車口を通らないので整理券を持たないでバスに乗ることになる。 こうすることで降りるときに料金を払う必要がない。
運転手は無言のままバスを発車させたが久美にはわかった。
お金を払わない代わりに自分の話し相手になってはくれまいかと、交際を求める代わりに乗車料金をロハにしてくれていることを。
市内から、ふたつ先の町の駅に向かう乗客も、駅で待合時間を過ごし、更にそこから高原に向かう乗客も、常に久美だけだった。
晩秋が近づいてくると、道の両脇の木々は色とりどりに色づき、まるで紅葉のトンネルをくぐる風になる。
急勾配の曲がりくねった道を、ばい煙を撒き散らしながら廃車寸前のバスが喘ぎ喘ぎ登ってゆく。
見た目には、気の毒としか思えないこのバスの運行は、かつては観光バスの運転手をしていた男がハンドルを握っている。 職場の配置換えと言ってたから、何らかの理由で僻地に追いやられてこの路線を任されている。
己の立場を心得ていると言っても裏寂しい僻地の道を、乗客の乗せずただ走るだけ、老齢ゆえの悲しさだが久美との出逢いは運転手にとって天使が舞い降りた感があった。
バスガイドと浮名を流したあの時のような若い子を手に入れるまたとないチャンス、全国観光ツアーで添乗員とかガイド相手に浮足立ったように毎日しぶしぶ運航していた僻地への道が格好のデートコースになったのである。
運転手は久美の気を惹くためわざと中央乗車口から乗せるのではなく前部の降車口から乗せている。
運転手の気持ちを悟った久美は暗黙の了解で最前列にある運転手の脇を指定席にした。
離婚歴のある彼は、いつのまにか久美のファンになってくれていて、あれやこれやと、賑やかに談笑しているうちに終点のホテルの、ほんの数歩脇にある駐車場に着くという塩梅だったのである。
この運転手は、
運航開けが休みの日ともなれば、久美を高原まで送り届けたその足で本社車庫まで乗ってきたバスを届けに帰ると、わざわざ自宅に帰って単車に乗り換え、再び高原に引き返し、久美の休憩時間を待って、その時間を利用し高原の横断道を単車の後ろに久美を乗せドライブに連れて行ってくれていたのだ。
「ごめん 支配人、ちょっと出かけてくる」 仕事中にもかかわらずどこかに出かける用意を始める久美。
「いってらっしゃい! 気を付けて!」 フロントマンが威勢よく見送ってくれた。
名目上40男が支配人を務めていたが、実質は「ただのアルバイト」と自称する30そこそこの小娘の久美が握っている。
しかも何故かしらオンボロホテルの業績・設備は久美が来てから良くなっていた。
久美は平常勤務が終わると深夜まで別室にこもって過去の業績の洗い出しと裏帳簿を付け、明け方近くになって家路につく。
そうやって翌朝早く、自転車をこいで高原ホテルに向かってくれる。
返済が迫られているメインバンクへの対応や、前回ご紹介した施設の整備などのほぼすべてを久美が差配して行わせていた。
支配人をしてまるで逆らえない人材でありながらも、どこかあけっぴろげで陽気な久美はホテルの空気までも明るくした。
自分たちだって候補者のひとり、そう想うことで久美の遣ることなすこと何でも許せたのだ。
デートのお誘いにと乗ってきた彼自慢の単車はハーレーダビッドソン。
別誂えの車庫に大切に保管しているという単車は数台に及ぶというが、特にハーレーダビッドソンは高価で、それゆえにピカピカに磨かれていた。
「腰に手を廻し躰を密着させ振り落とされないよう気を付けるんだぞ」 言われるまでもなく彼の背中に縋り付いた。
久美は他の単車にも乗せてもらったことがあったが、カーブを曲がるとき、後輪が路面の砂に乗り上げるのか、微妙に滑る感じが怖くて、しかもハングオンするものだから、その格好のまま路外に転落でもしたらと思うと末恐ろしく誘われても大半は断っていた。
ところがハーレーだけは、どんな時でもどっしりとしていて、まるで滑る感じがしない。
おまけに躰の奥底に響くエンジンの重低音は存外に心地よかった。
颯爽と風を切って走るハーレーが、すっかり気に入って、運転する彼の背にしがみつき、紅葉真っ盛りの高原の道のトンネルを抜け遥か遠方に幾度となくドライブに連れて行ってもらったという。
バスの運転手から見れば、ハーレーも無賃乗車も、久美を誘うための手段。
久美からすれば、安い給料の中で払うバス代が浮くことと、見る人も羨むハーレーに乗せてもらう爽快感。
限りなく不貞に近い行動だが、これも、つかの間の楽しみとなっていった。
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