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恩着せがましい捜索

人の不幸を見て笑う。
如何にも他人行儀に見えてその実、近しい者同士こそ相手の不幸を見て笑うものらしい。
その性癖が如何にも汚らしくみえ、玉の輿に乗った友人の美紀を蹴落としたく和子はその、如何にも汚らしい性癖を持つ正一をご無沙汰に悩む美紀の不倫の相手に選んでやったものだ。

ところがいざ奪われた美紀はと言うと、薄汚いはずの正一に夢中になってしまったのである。
それもそのはず、溜まりにたまった濁流を吐き出すべく正一は、美紀を休ませることなく求め続けたのである。
正一が元々嫌われていたのは気が小さいくせに持ち物が人一倍大きく溜まりやすかったからだ。

案の定、美紀は不幸になり家を追い出された。
ところが和子は反省するどころか美紀を堕とした正一という男に興味を抱いてしまった。
どれほどのものか己の身体で試したくなったのだ。

つい最近まで、和子はどちらかと言えば周囲の人たちをなめてかかっていた。
若さに似合わない成熟し切った身体に整った顔立ちが男どもをして欲情させるんだろう。街ゆけば、かき分けて進まねばならないほど言い寄られさりげなく身体をタッチされ壁ドンされた。
それだけ男どもに注目され、ちやほやされることに彼女は慣れ切っていた。
ところが、ある年齢を境にめっきり声のかかる回数が減っていった。 脂の乗りきった女は決して相手にしようとしない疲れ切った初老の男性ばかり誘いをかけてくれるようになった。

そんな爺様連中が声を掛けたとしても、なぜか粗野に扱われた。男どもは和子を相手に当初の目的を果たせば、その瞬間とってつけたような用事を口にし、まるで汚いものに触れたような目つきをし離れて行った。
自分の、相手に対する態度が下目線だったと和子なりに思い、それからは多少反省もし、身体を求めてくる相手に気安くOKを出してもみた。
それでも、肝心なところでは相変わらず持って生まれた高飛車な性格が治らなかった。殊に自分が十分逝けていないのに男が先に出して離れようとした場合など露骨な態度をし情けない男根をこれでもかと詰った。

それが同僚の中で一番親しくしていた美香をも葛城正一とともに見下す原因を作ってしまっていた。
美紀を女欲しさに必死でストーカーを繰り返す正一にあてがい、不倫させたら あの貞淑な人妻が、葛城正一の溜まりきって充血した亀頭を挿し込まれ大量に射出されたら、どんなふうに変わるだろう。そう思っただけで心の中がキラキラした。
和子はその時期、丁度排卵期に当たっていることをとんと忘れていた。

美紀に男をあてがい楽しませたかったわけじゃなく、自分こそが内から湧き上がる欲情を抑えきれずにいたのだ。
生来の捻じ曲がった性格が、それを素直に表現できずにいた。本当はかつて身体を許したことのある葛城正一を美紀から取戻し抱かれたかったのである。
うだつの上がらないと散々バカにしていた葛城正一に懇願するほど情けない女になりきっていたことを、彼により絶叫し逝かされたことで初めて女であることを認めた。素直になれた。





美紀はあれ以来会社に姿を現さない。
「わたしが・・お願い。一緒に探してくれない?」
和子は葛城正一が今でも美紀に焦がれていることを、しかも和子が正一から美紀を取り上げたことを自覚しながら、それでも手を貸してくれるならと頼み込んだ。恥じていては葛城正一まで逃してしまうと危惧したし、なにより正一の心を試したかった。

過去に一度も和子に頭を下げられたことなどない葛城正一は、すっかり頼り切ってくれている女の姿を前にして気持ちが変わっていくのがわかった。
「こいつなら頼みを聞いてやれば、美紀を上手く探し当てた後 やらせてくれるかもしれない」
仕事に穴をあけるわけにはいかないとクギを刺しつつも、休みを利用してなら協力してやろうと、いかにも恩着せがましく告げた。

親友みたいな存在だった和子なら、美紀の行きそうな場所ぐらいおおよそ掴んでいるだろうと安易に考えていた。
ところが休み当日になって、落ち合ってみると和子は開口一番、正一に向かってこう言った。
「どっちに向かえばいい?」 葛城正一は口をアングリと開けたい気持ちだった。

大の親友とは名ばかりで当たり障りのない会話に終始していたと見える。

和子にしてみれば あれほど美紀を追いかけ身体を重ねることにご執心だった男なら、美紀の普段の行動なんか目をつむっていてもわかるだろうと踏んだのだが、その考えは甘かった。
正一はただ、美紀の自宅の敷地内に忍び込んで 例えば風呂場の窓枠の隙間から入浴中の美紀の裸体を拝んだり、干してある下着を盗んで嗅いだりして勃起させ、それを見せつけ、あわよくばご無沙汰のご婦人を情交に誘い出そうともくろんでいただけだったのである。

捜索の発端となった思考からして美紀の心や行方を計り知るには程遠い。それらしき女を見つけたとしよう。家出し知り合いに逢いたくない女を尾行にしても、歩いている後ろをつけただけでは乗り物にでも乗られてしまえばそれで終わりだった。

散々考え込んだ挙句  - 和子の手前一瞬の間だが - 自宅敷地内の小さな庭に、それこそ小さな家庭菜園を作っていたのを思い出した。
他人の女房を寝取るため屋敷に忍び込んでいた当初は「へぇ~ あいつにこんな趣味があったんだ」ぐらいにしか思わなかった。
それを直ぐにでもハメがっているであろう和子の前で「美紀は田舎に向かっているはずだ」と、如何にも美紀の心情を知っているかの如く言い切ってみせた。

根拠の出どころを聞かれたら、それこそ成功報酬にハメをなど夢のまた夢となる。
「なんで田舎なの?」
「あいつの性格さ、姿を消した。実家には帰れないし、ご主人も不倫に夢中なら娘さんも男を取っかえひっかえだろう? なら心を癒せる場所は田舎しかない」

「正一さん、貴方って本当は凄い人なんだね」
うっとりした目で和子に見られ、余計に葛城正一はしどろもどろした。
根も葉もない予感が、もしも外れたどうしようと 逃れる算段が脳裏をよぎったが、よくよく考えてみれば正一は美紀に逃げられ女が欲しくてたまらなくなっていて、下手すれば土下座と恫喝を織り交ぜ組み敷きたい思いに駆られ始めていた。だから正一のアソコを欲しがってくれる和子の手前一番それらしい場所を、とにかく和子に告げ一緒に行動しようとした。

逆に考えれば美紀が気に入ってくれた逸物である。上手くいけば人生初の婚前交渉を和子と楽しめる。
歩き疲れて宿に入ると、あとは根性を据えてお願いし和子を組み伏せ、溜まり貯まった濁流を吐き出すついでに仕込めば済むことだと予定を立てた。
ストーカーをやろうとする頃になると決まって吐き気がしたものだが、この日は心が幾分楽になった。

日本人というのは実に不思議な民族である。
別称地の如く千変万化に富んだ土地に生まれながら、しかし収入につながるからと、こぞってまず都会を目指す。富んで後田舎に別荘地を構えるのであり、他の国からすればそれがもったいないらしい。

一歩都会から離れると、よその国ではなだらかな丘陵地帯が広がるが、我が国は手つかずの大自然が残る森林地帯がいきなり迫り、人々は都会とはまるで違う生活を営んでいる。

だから葛城正一は、都会に近いながらも人が入らない田舎・過疎地で、しかも都会人が嫌って入り込まない幾度も乗り継ぎが必要な場所を目指すことにした。
美紀は自分のお小遣い程度のお金だけ持って家出したであろうと踏んだからだ。
とにかく山間部に向かうべく、駅の切符売り場に行った。

券売機の前で、まず葛城正一は驚かされた。
切符を買おうと財布を取り出しかけた正一に「いくらなの?」と和子が聞いてきた。割り勘にしようとでも云い出すのかと思ったが逆だった。まるで正一は自分の僕であるかの如く振舞った。
市内を巡り歩く程度の、いわゆる昼食代程度しか彼女は持ち合わせてきていなかったはずなのにである。思考が生粋の世間知らずのお嬢様で出来ていたはずなのにである。

身なりも派手な服装なら、靴はハイヒール。小さなポシェットの中には化粧道具にカードケースとスマホしか入っていない。普段からほとんど現金は持たず、持ったとしても札ばかりで釣銭などはポシェットに直に投げ込むようなのだ。
とても探偵をしようという気構えなどなかったのである。
結局のところ捜索には葛城正一が担いできたリュックの心もとない中身と薄っぺらな知恵が頼りとなった。

美紀の盗撮写真や覗き見た時の服装程度の知識、それに簡易な食品などなど・・乗り物代に旅館代は全て彼の用意したもので賄われた。
市内を外れる前に、正一は和子のためにユニクロに立ち寄り上着と下着を買い、靴屋さんでスニーカーを買って着替えさせ再び駅に引き返し切符を購入した。
乗り物に乗ると聞き込みの方法を和子と打ち合わせた。

この時になって葛城正一は何日もかけて隠し撮りした美紀の写真を取り出し和子の前に示した。〇▽ちゃん誘拐事件捜査本部じゃあるまいが、捜査官になりきった正一の講義で特徴をかいつまんで記したメモ書きも披露され、足取りを聞き取る方法まで伝授された。
和子は盗撮写真をいぶかしむことはしなかった。
ことの前後を考え、何事につけ用立ててくれた葛城正一に心底敬意の念を抱いていた。

葛城正一がプロポーズにかこつけハメを懇願するまでもなく、和子は彼の後姿を追うことに夢中になっていたのである。
「彼ならきっと、わたしの犯したミスを払拭してくれる」
最初は和子の方こそ美紀を探すために葛城正一を誘い、正一は正一でとにかく女とやりたいがため和子と旅館の部屋で床を共にできる目論見だったものが、市内で既にその目的・方向性は完全に一致していたようなのだ。

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