【知佳の美貌録】高原ホテル別版　艶本「知佳」

高原ホテルは標高８００メートルの高地にあるものだから町や市の水道は引かれておらず、

自前で井戸を掘り、地下水をくみ上げて飲料水にしていた。

火山帯にある地下水も当然硬水だった。

時がたつにつれて火山帯の鉱物が水道管に付着し、破損させ生活用水どころか、

ボイラーすらも常時誰かがつきっきりで手入れをしない限り使えなくなった。

そう、このあたりは観光地にするため間に合わせのボーリングで地下水をくみ上げていて、しかも休火山のため

当然泉源は枯渇をはじめ高温水は徐々に噴き出して来なくなった。

必要な温水は家庭用の給湯機で沸かす程度が関の山の状態になっていった。

枕芸者の棲む海岸の温泉地帯と違い、温泉ホテルと銘打っておきながらその対面は、当然保たれていなかった。

配管が腐食し天井や壁から雨水の如く漏水するものだからそこいらじゅうシミだらけとなり不衛生極まると、何度も警告を受けながらも

惚れ込んだ芸者の元に通う遊興費欲しさに経営者はこれを無視し続けた。

そこで破産管財人として久美が赴任し、

ホテルを運営する上で欠かすことのできない施設管理者を、

自身の責任において召喚した。

召喚したという人物こそ

新設当初居たホテルの構造を知り尽くしたボイラーマンで

支配人がおばさん相手に不倫騒動を巻き起こした折に

批判的な態度を取ったがゆえにホテル側は煙たく感じ、難癖をつけて解雇した経緯がある人だったのだ。

「ボイラーはボタンひとつで勝手に湯が沸く」と、

経営者が金を惜しんでとってつけたような言い訳をし解雇した。

彼はそもそも町の議員、町がずさんな運営に手を焼き経営から手を引き始めたことに腹を立て責任を転嫁しそれに相乗りして首を切った経緯があった。

こう赤字が続けば責任は観光を誘致した町にある。本来なら経営者の上に立つはずの町議で、

このようになってしまったホテル運営上、施設管理者は必須のはずであったが

それを軽んじられていたのである。

彼にも意地があった。

この山に関し、関係は多少はあるものの現地とはまるで関係ないどん百姓上りが大学出のエリートに経営のことで楯突いたからだ。

黒字を赤字に転換し、経営権を町に差し戻す方針が密かに示されたが、そのことについてこのボイラーマンは

素直に首を縦に振らなかった。

町議として、一刻も早くホテルに破産宣告を突き付け、財産没収の上完全倒産させる側に回ってしまっていたからである。

だが、このボイラーマンにも弱みがあった。

町議員ながら町からの報酬以外に収入源を持たなかったことにある。

議員活動のためには、頻繁に職場を空け選挙活動する必要がある。

つまり、時間から時間、職務に縛られていては議員活動ができなかったのである。

見た目は如何にも華やかだが活動費はおろか、生活費にも事欠いていた。

その点ボイラーマンは、点検さえしっかりしていれば自動で動く。

「ちゃんと管理してくれたら、余った時間は好きに使っていいわよ。技師としての特別給も払います」

「一介の経理にそんなこと言われても・・支配人や社長がうんと言わないだろう？」

「たとえ銀行や会計事務所であってもわたしが決めたことには、全員従ってもらいます。嫌ならここを辞めて出ていくだけです。第一、お風呂やシャワーが使えないホテルなんて、どこか他にありますか？」　

情けないことに言われてみればまことにその通りで、久美に今手を引かれたらたちどころに債権者が押しかけ倒産となる。有無を言わさぬその一言で決まった。

ホテルを運営する地盤を有するこの街の古参町議ともなれば

抵当権は既に銀行を離れ、数億円に上る損失を実質町が負担せざるをえないことは知っていた。

この状態で実質何処が管理しているか、せねばならないのか熟知していた。彼女を裏から手を廻し招いたのもこの町議だったからである。

既に倒産後、この場所に建てるホテルの青図面も出来上がっていた。膨大な赤字覚悟で町議が提案し図面をひかせたのだ。

優秀な事務局員が常駐さえしてくれれば実行できる段階にまで話は進んでいた。

その密かな議題に、一番熱心だったのが、実をいうとこのボイラーマンである篠原自身だったのである。

寒村の町内で唯一化けるかもしれない場所こそ、この類まれな眺望を持つ高原だったのである。

好き放題利用こそすれ、常に使い捨ての身であった久美に、一筋の光が差したのもこの時である。

運命の出会い

その日から、久美の地下室通いが始まった。

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