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束縛から解き放たれる唯一場所、それが比葡の里への道

 「買い物ついでに薬草の持って行ってきます」
このように告げて下薬研 (しもやげん) のを早朝に出立していった真紀さんでしたがあるところに辿り着くとプイッと道を逸れました。

 そこはかつて下薬研 (しもやげん) の衆が苦心惨憺し一度は開墾したであろう道程の中ほどにある一見してそれとわかる広さを持つ休耕田様の雑草地でした。

 閉じ込められた世界から一刻でも解き放たれると真紀さん、せめてもそこに夢を見いだせないかと通るたびに周辺を散策してしまうのです。

 この時代結婚とは必ずしも自分の意思に沿うものでもなく、時には仲人と呼ばれる方が勝手に決めてきて親も立場の弱さから首を縦に振ってしまい泣く泣く嫁ぐこともままあったのです。

 真紀さんの場合それほどでもないにしろ、まさか自分が鳥も通わぬと言われる山間の地に生涯にわたって閉じ込められるなどと夢にも思わず成り行きに任せ嫁いで来てしまったのです。

 来てみてわかったのはその不便さ・閉塞感ゆえの孤独にさいなまされることでした。 将来を誓い合い共に生きていこうと言ってくれたはずの夫でさえ時に耐えきれなくなり、こともあろうに親に向かってではなくよそから嫁いできた自分に向かって愚痴るのです。 無理難題を吹っ掛けるのです。

 真紀さんもだから幾度となく夜道を泣きながら実家に向かって走ったこともありました。 帰ってみても所詮おり場のないことぐらいわかっていながら喚き散らし走ったのです。
 この場所を見つけた時には何故ここが嫁ぎ先より居心地が良いのか訳が分かりませんでした。 屋根もなければ座敷もなく、ましてや食うものも飲むものもないというのに何故が居心地が良いのです。

 やがてその原因がはっきりします。 あそこに玄関を作ってここが仏壇の間で、そしてここが寝所と決めて果たして台所は何処にしようかと考え水がどこにも無いことに気が付いたんです。

 来る道中、結構そこここに山から湧き出る水があったものがいつのまにやら消え失せているんです。 飲むものがないということは付近に全く水源が無いということ。 つまりこの地は山の頂上付近なのです。

 自宅前にはそれなりの川が流れ自宅の台所も近くの山から水を引いているものですから流しっぱなしでよいのです。 食べ物にしたって水田があり米が作れます。

 ところが山の頂上付近ともなると畑を作ってみたところで夏場の水やりは延々谷に下りて水を汲んで重い肥担桶(こえたご)を背負ってキツイ坂を上ってこねばなりません。

 自宅はその谷底なればこそ陽当たりが悪く特に日照時間が短くなる冬場ともなれば鬱々として暮らさねばならないんだと、あこがれの地に自宅を建てるつもりで地面に向かって見取り図を描いてみて初めて気づいたのです。

 しかも自宅からここに来るまでの道中と、ここから先比葡の里へ向かう道すがらはうっそうとした木々に囲まれ全く陽の射さない藪の中のようなところを通らなければなりません。

 夢中になって先を急いでいる間はさほど感じなかったものの、疲れでもして一旦足が止まると言い知れぬ不安がよぎってくるのです。

 だから真紀さん、比葡の里へ向かうときはこの地で心行くまで過ごしてからじゃないと向かう気になれなかったのです。

 「ここは別天地、ほんにこんなところに住めたら」
幾度となくこの言葉を口にしました。
自分が見つけた自分だけの土地。 そう思うことでひとときの幸せをかみしめていたんですが・・・

 実はこの土地、同じような感情を湧き起こす輩が他にもいたんです。 なぜならそこは下薬研 (しもやげん) と比葡の里への道程の途中にある中山との境界だったからです。

 確かにかつては下薬研 (しもやげん) の衆なのか、或いは比葡の里の衆なのか知りませんが山林を切り開いておられます。 それはひょっとするとただ単に幾度も炭焼き小屋を構えた後なのかもしれません。

 しかし後に下薬研 (しもやげん) の衆と中山の衆が互いの境界をめぐって自分たちの領地を示すべく木や草を薙ぎ払い目立つよう平地にしていた。 というのを耳にしたことがあるのです。

 それを思い出さずして陽だまりの中で転寝をしていた真紀さんは災難といえば災難ですが幸運といえばこれ以上ないほどの幸運に巡り合うことになるのです。

 それは、ある日のこと真紀さんは街道から幾分逸れた場所でいつものように転寝してたんです。 いつもと違う点といえばこの日は汗ばむほどの陽気でしたので幾分胸やもんぺの脇を開けたような恰好でこんな所で誰も観やしないだろうからと寝てたんです。

 下薬研 (しもやげん) の衆は野山に薬草や山菜を取りに出かけた折はこうやって休憩をとるのが普通でしたので別段気にもせず寝てました。

 とはいっても真紀さんが昼寝を決め込んだこの辺りは薬草や山菜取りには不向きで、晩秋にかけキノコ採りに出かけるのがせいぜいの山だったんです。

 しかし中にはそうでない目的のため山に入る人たちもいます。 なぜならこの道は下薬研 (しもやげん) の子供たちの通学路だったからです。

 下薬研 (しもやげん) の子らにとって幼稚園だの保育園だのというのは無縁です。 なぜなら遠すぎて、あまりに危険すぎて通えないからです。

 でも学校に通わなければならない年齢に達すると話しは別です。 重たいランドセルを背負って大の大人でも気後れするような山道を雨の日も風の日も、もちろん雪が降っても通わなければなりません。

 学校の先生、特にこの地で生まれ育っていない担任の先生ともなればこの道は恐ろしすぎて人道上ほおっておけなくなるのは当たり前の話しです。

 年少さんの担任の先生は下薬研 (しもやげん) から通ってくるその子のことが心配でいつも下薬研 (しもやげん) が見通せる峠のところまで一緒についてきてくれていたんです。

 しかしそれが毎日のこととなるとそれはそれで大変です。 心身ともに疲れ果て、真紀さん専用の寝床みたいな雑草地に足を踏み入れ疲れをいやそうとし、たまたま寝入っている真紀さんを見つけてしまったのです。

 規則に縛られる面で言えば先生も同じでした。 役目を投げ出し寝てしまいたかったんです。 しかもがんじがらめの生活の中ではこのような格好で寝る女性を目にすることはまずなかったのです。

 初めは訳アリの人が山に迷い込み生き絶・・・と思え脛が震え引き返しそうになりましたが、よくよく見ると寝息も立てないほど熟睡していたんです。

 途端に先生、興味津々となり少しづつ近づき着ているものから体つきまで入念に調べ始めました。 顔つきや胸のあたりをもう少し詳しく見たくて近づいたところ目を覚ましてしまったんです。

 「うう~ん、いけない寝てしまってた」
「あっあの・・・どちら様ですか?」
ばつが悪くて先生、思わず変な質問してみました。

 「どちら様って、下薬研 (しもやげん) の加藤に決まってるじゃないですか」
「あっ はあ・・・あの、ひょっとして公子ちゃんちのお母さん」
覗き見の変態教師は学校に通い始めたばかりの公子ちゃんの担任の先生だったんです。

 「まあ、先生ったら覗き見の趣味がおありなんですかね」
「覗き見なんかしてません。 誰か倒れてたから助けなくっちゃってですねえ。 その・・・」
「ほらやっぱり変なとこ覗いて見てたでしょ」

 真紀さん、どうしても先生に加害者になってもらわなくちゃ転寝し使いを忘れた言い訳ができないんです。
「覗かれないようちゃんとした身なりで寝てれば良かったじゃないですか」
こういい募られて
「じゃあ聞きますけど先生、ちゃんとした身なりってどんな風に着こなしたらよろしいんですか?」

 どこをどう気を付けたらいいのか教えろと教師を恫喝する真紀さん。
「わかったから、そう大きな声を出さないでください。 誰かに聞こえたら教師の立場として・・・」
「そうですとも、教師が変態なんかするわけないですよね」

 真紀さんの言う変態という言葉に気を悪くした公子ちゃんの担任教師は
「教師だって人間ですから変態行為のひとつやふたつするに決まってるじゃないですか」
「ほう、じゃあ変態教師さん。 ウチを相手に変態行為とは果たしてどんなことを言うのか、やってみせてもらおうじゃない」

 言い始めた以上後に引けなくなった真紀さん、とうとう娘さんの担任の先生相手に変態行為を始めようと言ってしまったんです。

 「い~いヘンタイ先生、断っとくけどウチはね、時間がないの時間がね」
こういうなり真紀さん、来ているものを一枚づつ脱ぎ始めたんです。

 「まずどういった風に着こなせば失礼に当たらないか、先生ちゃんと着せてくださいな」
如何にも日焼けした顔なればそれなりに齢だとばかり思っていた女性が、実は透き通るような肌の持ち主と分かって妙な気分になってしまった先生。

 「ああ、その~ 私は加害者じゃなく実は被害者なんですからね」
お子さんを送り届けようと日々努力を重ねた結果、こんな藪の中に迷い込むことになったんだと説明したくて自分もさっさと脱いでしまったんです。

 あとに残されたのは原野の中で素っ裸になった妙齢の男女でした。
「公ちゃんのお母さんがこんな分からず屋だったなんて・・・」

 言葉ではそう言ったもののこの時代、田舎の独身教師がそうそうストリップ小屋などに出向けるはずもありません。 裸身の女性を前にして甚だしく勃起させてしまったんです。

 「じゃあ先生はウチに謝れと?」
口ではこのように言ったものの真紀さんだって若者の勃起などお目にかかったことがなかったんです。 言葉とは裏腹に勃起から目を背けて・・・でも見たくて見たくてたまらなく思わずはしたないところを手で押さえてしまいました。

 先生はというと着付けをと言われたものですから、せめて視線を逸らせていただいている間に一枚でもと近づいたんです。

 枝を踏みしめるバキバキッつという音が耳元で聞こえたものですから緊張しきっていた真紀さんは恐怖を覚えとっさに振り返り尻に近づいてきた先生の勃起が触れてしまいました。

 びっくりして勃起を握る真紀さん、肩を抱いてしまった先生。

 あとはもう、雪崩を打ったような求めあいが始まってしまったのです。

 「このことはウチの人には内緒にしてくださいね」
「わかってます。 だけど公ちゃんのお母さん・・・」
「ウチの名前は真紀です。 これからウチのこと真紀って呼んでください」

 そこからでした。 日も暮れかかってるというのに真紀さん、先生の若い肉体と気持ちのやさしさにすっかり溺れてしまい、それを誤魔化す為にも買い物を持たずして家には帰れないものだから先生に無理を言って比葡の里に下ったんです。

 買い物を済ませ下薬研 (しもやげん) に向かおうとしたころには足元はすでに真っ暗。 明かりも持って出ていなかったため何も見えないんです。

 結局先生が自宅からこの頃ではまだ珍しい懐中電灯を持ち出してくれ、夜道のデートと相成ったわけです。

 「真紀さん、今度いつ逢えるんですか?」
懐中電灯を持ち荷物を担ぎながらも空いた手で真紀さんの手を握りながらの道中です。
「うん、待ってて 必ず行くから」
峠を下れば下薬研 (しもやげん) というところになって真紀さん、先生の見送りを断ったんです。

 これ以上見送ってもらうと自宅の玄関を入れないような気がしたんです。

 ひとりで道を下っていこうとした真紀さんを後ろから羽交い絞めにし今一度唇を奪いました。
「着付けの仕方がまだ終わってませんでしたから・・・」

 どうしても今一度逢って躰を重ねたがる教師に真紀さん、
「公子がおなかをすかせて待ってるの、わかって先生」

 必死に引き留める手を振りほどき小走りに峠を下って行ったのです。
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