デパートの催物会場に極道の妻現る
お隣のスーパーと全く変わらない中身しか入っていなくても包装紙が違うというだけで値段が格段に違う、言うなれば名ばかりのデパートにです。
しかし所詮田舎のこと、立派な包装紙に包まれたスーパーマーケットではなくデパートの中元・歳暮を見栄であっても贈りたいのはやまやまなんですが、産業が全くないこの地区では買おうにも働き口が、先立つものがないのです。
こう言った傾向は何も久美の住むこの地区だけじゃなく全国的に同じような状態になりつつありました。 こうなると売り上げが伸びるはずもなく本店から見限られ閉店となったのです。
それでも長年ここに努めて来た人たちはかつての栄光を捨てきれず、従業員全員と市職員の総意で名前だけ旧名を使わせてもらい実際には本店の下請けとして事業を存続させ続けたのです。
そんな青色吐息のデパートに極道の妻がある日突然手下を連れて現れたんです。 御歳暮の申し込みのためでした。

何故に部長が直々に久美に声を掛けて来たかというと、担当課長ともども正職の女性従業員というのは役職名は立派でも揃いも揃って能無しの役立たず、給与の足りない分を夜のお仕事で稼ぐと言ったことにのみ頭を働かすような輩だったのです。
なので売り場の方針に微妙な違和感を覚えた久美は正職や課長に訪ねず本店の担当者に直に電話をかけ聞いたそうです。
それはこうです。
ある日のこと、システムに違和感を覚えた久美はすかさず本社に電話をかけ担当者に問い合わせたところ、なんとその件に関してはつい先日本社で然る者に数日間に渡って実機を用い教育を施し送り返したばかりだと聞かされたんです。
そこで現実今でもこうなってるんだと、閉店前と同様旧態依然やり方を貫いてる旨説明したところ、もうその日のうちに担当者が駆け付け説明に当たってくれたそうで、なんでも教育を受けた者 (女性職員) はさっぱりチンプンカンプンで半分居眠りしてたが聞いてなかった、理解できなかったとはいえず知ったかぶりで帰って来てたとのこと。
当人はもちろん担当課長も思いっきりお叱りを受け担当者は電話を掛けて来た久美にだけ教え帰って行ったんです。
それからというもの臨職は何かわからないことがあると久美に聞いて来たそうなんです。 もとはと言えば倒産寸前の高原ホテルを救ったほどの経理はもちろん会社運営についても玄人はだしの久美のこと、場末のデパートの経理ごとき何でもなかったのです。
それがまた正職にはカチンと来たようでしたが・・・
御歳暮商戦が始まったこの時期、催物会場にこの正職と臨職が右と左に別れるような格好で受付をしていました。 何故に右と左に別れたかというと、正職は威張るだけで実態を知らずお客様の問い合わせにまともに応えることもできないくせにそんなときだけ臨職に仕事を譲って何処かに逃げ隠れするから臨職に嫌われ自然、右左に別れるようになってしまったんです。
そんな売り場にある日突然和服に身を包んだ見るからにいわくありげなご婦人が現れたんです。 一瞬にして売り場は凍り付きました。 臨職は何のことやらわからなかったんですが売り場から一斉に正職が消え去ったんです。 多くのお客様がまだそこいらで商品選びをなさってるというのにです。

場の雰囲気で察知した臨職も彼女を含め取り巻き連の男どもと顔を合わさないよう隅に隅に寄って行ったんです。 すると何処からともなく赤い文字で暴力の暴を〇で囲んだ紙がお客様にそれと分からないよう久美の元に回されてきたそうなんです。
昨日今日入ったばかりの臨職にはわからなかったんですが古参の臨職は知ってました。 地元で散々抗争を重ね勝ち残った方の暴力団 (マル暴) 来るのサインだったんです。
久美は彼女の姿が会場に現れた瞬間からそれが何者か直ぐに見当がついたとか。 なぜなら温泉街でコンパニオンをしていた時大阪の暴力団の組長に妾になれと散々迫られ、それでなくとも彼らと親しくお付き合いする置屋の女将とはツーカーの仲だったからです。
正職が一斉に姿を消したのは夏の御中元シーズンに極道の妻から仰せつかった品々の送付に失敗したからでした。 よく聞きもせず宛名書きはもちろんのこと、階級順に品物を変えて送らなければならないことですら理解できておらず、適当に熨斗紙を付け送付してしまったというのです。
極道の世界では宛名書きには厳格な仕来りがあります。 それを正職がいい加減な気持ちで承り送ったものですから受け取った組からソッコー脅しが入ったんです。 当たり前です。 目下の組が目上の組より御大層な宛名書きで立派なものを受け取ったとあらば送り主が乗り換えたとしか受け取れず、あわや戦闘になりかねない状態に至ったからでした。
デパートは役員全員揃って組に正しく土下座で謝りに行き、その折の御中元は全てロハで詫び状を添え送付しなおしたそうなんです。 最もこの時部長が直々に出向かなんだらデパートは周囲を極道に取り囲まれ恐ろしくて誰も近づけない場所になってしまうところだったからです。 経営難とはいえ安く上がったと胸を撫でおろしたそうなんです。
正職や課長が逃げ隠れしたのはもしも極道の妻に対する口の利き方が悪いなどと後ろに居並ぶ強面がすかさず前に進み出て脅し上げたりしたら末恐ろしくてこの後表も出歩けなくなるからでした。 吹けば飛ぶような小さな街なのに、これほどまでに極道がはびこっていたんです。
御中元で失敗した折など、たまたまではあったもののあまりにも非常識と言おうか無知な正職が承っており、組長の前であわやエンコ詰めかと思われるシーンにまで追い詰められたそうなんです。
「注文いいかしら」
極道の妻は受付に独りで立つ久美に当然と言った風に声を掛けて来たそうです。
「はい、承りますが私で宜しいでしょうか」
こう久美は一応問うてみたそうです。 格好は確かに正職も臨職も同じなんですがよくよく見ると臨職は名札が手書きの粗末なものしか付けておらず極道の妻からすれば一見してそれと分かるからです。
しかも一般のお客様の中にはこう言った折の状況判断がまるで出来ず、久美のところだけ申し込みの行列が出来てたんです。
「隣の職員でよろしければ承りますが」
並んでる方たちの処理を順番に行いますのでお時間を少々頂きますがとお断りを入れても後ろの黒ずくめの男は睨むものの一向に気にかけておられないようなのです。
「いいわよ、別に気にしていませんから」
あっさりとこう応えて頂いたものですから久美なりに推奨する商品を時間をかけ提示していったそうなんです。 ところが・・・
後ろの席からすかさず例の赤字で要件が書かれた紙が回されてきたそうなんです。 それによると組の方には夏はこれこれ、冬はこれこれと商品は前もって決めてあったそうなんです。
「いつもこういった商品と承っていますが、私くしと致しましてはこちらの方が御贈りした方に喜ばれるかと・・・」
こう申し述べた瞬間後ろの方から一斉に冷たい視線が浴びせかけられたんです。 それもそのはず、久美は赤紙に書かれていたことを極道の妻の前で棒読みしてたんです。 ところが・・・
「ありがとう、じゃあそうさせてもらうわ」
あっさりと久美の提言に従ってくれたそうなんです。
「よろしいでしょうか?何やら後ろの方の皆様お睨みになってらっしゃいますが」
久美が堂々とこう言い切ると
「あなたたちは静かにしてらっしゃい」
極道の妻が振り返ってひと睨みしたんです。 すると一斉に姿勢を正し固まってしまったそうなんです。
マルボウに関しては後ろの席 (売り場からは見えない場所) で専門の職員が熨斗書きをしてましたので、今度こそ間違わないよう久美は改めて極道の妻にまず過去に出していた宛名書きを指し示し確認と必要ならば訂正のお願いをし、その書類を後ろの席に申込状として回したそうなんです。
太字で書くところと細字で書くところ、たとえわずかな段落でも見落とせば大変なことになるからでした。
「承りました御品を御用意出来るまで少々御時間を頂きたいと、つきましてはそれまでの間店内をご覧になられては・・・」
こう久美が告げると案の定また後ろの方からまた睨まれましたが
「じゃあそうさせてもらうわ。 あなたたち付いてらっしゃい」
こう言うと売り場を去って行ったそうなんです。
極道は分をわきまえていて決して一般の方々にご迷惑をおかけするようなことはしないんです。 それを知っているからこそ久美はお客様には変わりないんだから見学をと申し出たんです。 極道の妻にしたら普通の人間扱いされたことが余程うれしかったんでしょう。
しばらくして戻ってこられた極道の妻に久美は
「大変お待たせいたしました。 こちらが御用意させていただいた品々でございます。 お確かめのほどを」
こう申し上げたのに付け足し
「あちらが当デパートの課長でございます。 またのお越しの折にはあのものが対応いたします」
と、こう述べたんですが
「いいわよあなたで、気に入ったわ。 今後ともよろしくね」
こう言いおいて帰って行ったのです。
久美は女衒の家系に生まれており、おぼろげながらあのきれいなご隠居様に教わった業界人への宛名書きについて覚えがあったんです。
今回それを組長の妻に問いただしたことでデパートとしては初めて宛名書きの知識を得ることが出来たのです。
それからというもの御中元や御歳暮のシーズンになると必ず久美に直に声がかかり極道の妻の御相手をさせられることになったのです。
幼い子を負ぶってなけなしの5千円を握りしめ弁護士事務所に向かい極道から脅し上げの電話がかかってきたこと。 組長直々に妾にと睨みを利かせる組員の前で言われたことと合わせ久美は、この頃から業界の下っ端程度何でもないと感じるようになっていったのです。
あれほど久美に冷たく当たった課長でさえ、この後滅多なことで久美に軽々しい口をさしはさまなくなったと言います。
ですが久美にとってこの後どれほど教養があると威張ってモノを言う女であっても、一見美しく見える女であっても極道の妻に比べ霞んで見えたそうなんです。
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Shyrock様からの投稿を読んでつくづく思います。
官能小説は様々あれどほぼほぼ現実にそう文体であり感心させられます。
流れが良いんですよ。 目をつむっていても情景が浮かんでくるような気がするんです。
知佳のブログの中で「美貌録」だけアクセスが伸びず対策にブロ友をと探し回りましたが現実の世界とはまるでそぐわない文章の羅列、あれを見る限りこのような文を愛読する人たちって余程世の中に対し不平不満を抱いてると思えて仕方がありません。
しかもその手の小説の方が圧倒的に人気を博している当たり書く方としても考えさせられます。 一般小説を読む人と官能小説とでは計り知れないほど隔たりがあるんですね。
探す方面と探す手法を考え直します。