第1話“四条河原町” Shyrock作

長い間この仕事をしていると、それはそれは色々なことに遭遇するものですよ。
身が縮むくらい恐い目にもあった。人の情に涙したこともあった。口惜しくて眠れない夜もあった。孤独感に苛まれた日もあった……。
色っぽい話ですか?そりゃあ、多少はありましたよ。
私にとって、今までの人生の中で最高の出来事と言えるほどのこともありましたよ。
え?聞きたいですか?自慢話に聞こえるかも知れませんけど、お話してもいいですか?
もちろん作り話なんかじゃないですよ。
全部本当にあった話なんです。
その頃私は35才で、出来事があったのは今から10年前にさかのぼります。
桜がまだ蕾の少し肌寒い日のことでした。
いやぁ、思い出すだけでもぞくぞくしてきますよ。
私にとってはそれほど鮮烈に記憶に残る出来事でした。
当時私は大阪のあるタクシー会社に勤めていました。
お客さんを京都に送ったあと、大阪へ帰ろうとしていました。
クルマは四条河原町から四条烏丸へと向かっていました。
とても賑やかな通りで道路はすごく混んでいました。
確か先頭車だったと思います。
その時、歩道でこちらを向いて手を上げている若い和服姿の女性がふと目に入りました。
(ん?困ったなあ……京都は営業区域外なので、お客さんは乗せられないんだよなあ……)
申し訳なく思いながら、私は手を横に振りました。
『NO』の合図です。
しかし、その女性は諦めようとはせず、ずっとこっちに手を振っています。
(かなり急いでいるようだなあ……)
私は困惑しながらも、乗車拒否をするわけにはいかないので、とりあえず後部座席のドアを開きました。
私は事情を説明して丁重に断ろうと思っていたんです。
女性はドアを開けるといきなり乗ってきました。
「お客さん、せっかく乗っていただいたんだけど、これ大阪のタクシーなんですよ。京都でお客さんを乗せると叱られるんですよ。悪いけど地元のタクシー拾ってくれませんかねえ」
丁寧に断ったし諦めてくれると思ったのですが、女性は一向に降りようとはしません。
「え……?あかんのどすかぁ……?そんなこと言わんと乗せてくださいなぁ、頼みますよってに……」
つやっぽい女性の京言葉でささやかれて、私はずきりと胸が疼くような感覚に襲われました。
間近でささやかれてみると京言葉がこんなに色っぽいとは・・・
振り返ってみると女性は色白のすごい美人で、見るからに高級そうな和服を身に着け髪はアップにしていました。
歳の頃はそうですね、24、25ぐらいだったでしょうか。
「お客さん、本当に困るんですよ…」
私はもう一度断りました。
しかし……
「お願いどすからぁ……」
和服姿の女性は梃子でもクルマから降りようとしません。
すごい美人に粘っこく懇願された私は、それ以上断ることはできませんでした。
「仕方ないですねぇ」
「えっ、行ってくれはるん?まぁ、うち、嬉しおすわぁ」
「で、どこまで行くんですか?」
「どこでもええから、走っておくれやす……」
行先を尋ねて返って来た答えに私は驚嘆しました。
「ええっ?どこでもと言われても……。行先を言ってもらわないと困るんですけどねえ」
「本当にどこでもええんどす……」
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コメントの投稿
No title
頑張ります
最後まで頑張りぬきます。
No title
少し早いですが、長期にわたり連載おつかれさまです!
そしてありがとうございます!
No title
よろしくお願いします。
その他連絡事項
Shyrock様からの投稿を読んでつくづく思います。
官能小説は様々あれどほぼほぼ現実にそう文体であり感心させられます。
流れが良いんですよ。 目をつむっていても情景が浮かんでくるような気がするんです。
知佳のブログの中で「美貌録」だけアクセスが伸びず対策にブロ友をと探し回りましたが現実の世界とはまるでそぐわない文章の羅列、あれを見る限りこのような文を愛読する人たちって余程世の中に対し不平不満を抱いてると思えて仕方がありません。
しかもその手の小説の方が圧倒的に人気を博している当たり書く方としても考えさせられます。 一般小説を読む人と官能小説とでは計り知れないほど隔たりがあるんですね。
探す方面と探す手法を考え直します。