第3話“悩める京女” Shyrock作

そして、思わずバックミラーに写った女性の顔を覗き込んでしまったのです。
女性もこちらを見ていたので偶然目が合ってしまい、きまりが悪くなった私はこちらから先に目を逸らしてしまいました。
目を逸らしはしましたが、はっとするようなその優美な顔立ちが脳裏から離れませんでした。
透き通るように色が白く目鼻立ちがよく整っていて、まるで日本画から抜け出したような美女と言っても過言ではなかったと思います。
「うち……困ってますねん……」
「え?どのようなことで?」
本来なら触れてはならないお客さんの私的なことに、つい首を突っ込みたくなりました。
「せやけどぉ……こないなこと、見ず知らずのお人に話してもええもんやろかぁ……」
おっとりとした京都特有の口調は、関東出身の私には少々焦れったくもありましたが、それよりも色っぽい言葉遣いの京女と会話が出来ることを愉しんでいたように思います。
「う~ん、そうやねぇ……運転手はんにもしゃべりたないことあるんどすやろなぁ……」
「ははははは、そりゃあ少しはねえ。はははははは~」
「そうなんどすか?あははは……」
女性は笑顔に変わりました。
ところが笑顔はほんの一瞬だけで、すぐに元の憂い顔に戻ってしまいました。
「せやけど生きていくのんて、ほんまに難しいもんどすなぁ……」
「そうですねえ。なかなか思うようにはいかないものだし」
「時々、死んでしまいとうなることあるんどす・・・」
「え……?」
思いがけない言葉に私は驚きを隠しきれず、しばらくの間沈黙してしまいました。
(これはきっと何か深い訳があるんだ……)
「でも死んだらおしまいですよ」
「そのとおりどすなぁ……」
「せっかく授かった命なんだから、粗末にしてはいけないと思いますよ」
「うん、そやねぇ……」
ちょうどその頃、クルマは嵐山に差し掛かっていました。
土日は人出の多いところですが、さすがに平日は空いています。
観光客もまばらです。
「この辺りでどこか行きたいお寺などはありますか?」
「いいえ……特に……」
「そうですか。それじゃ、どうでしょうか?趣を変えて、保津峡へいってみましょうか?」
「保津峡どすかぁ……」
「はい、保津峡は駅舎のある場所が亀岡市と京都市にまたがっていて、周囲には民家が一軒もなくて、山に囲まれて秘境めいたところが素晴らしい。いかがですか?」
「へぇ、駅が二つの市にまたがってるんどすかぁ、珍しおすなぁ。そやねぇ……なんとのぅ京都から離れとおすんや……」
「え……?京都から離れたいって?そうですか……」
風光明媚な嵐山や保津峡に行っても女性の浮かない表情に変わりはなく、私ははたと困り果ててしまいました。
(それにしてもわがままな人だなあ。料金メーターもどんどんと上がっていくばかりだし……)
「でもお客さん、あちこち行ってたら料金がかなり嵩みますよ。いいのですか?」
目的地がはっきりしないまま長距離を走行し、メーターが見る見るうちに加算していくことを心苦しく感じた私は思わず尋ねてしまいました。
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Shyrock様からの投稿を読んでつくづく思います。
官能小説は様々あれどほぼほぼ現実にそう文体であり感心させられます。
流れが良いんですよ。 目をつむっていても情景が浮かんでくるような気がするんです。
知佳のブログの中で「美貌録」だけアクセスが伸びず対策にブロ友をと探し回りましたが現実の世界とはまるでそぐわない文章の羅列、あれを見る限りこのような文を愛読する人たちって余程世の中に対し不平不満を抱いてると思えて仕方がありません。
しかもその手の小説の方が圧倒的に人気を博している当たり書く方としても考えさせられます。 一般小説を読む人と官能小説とでは計り知れないほど隔たりがあるんですね。
探す方面と探す手法を考え直します。