第5話“身の上話” Shyrock作

いずれにしても行き先が決まったことで、私としてはホッと胸を撫で下ろした気持ちになりました。だって目的地も決まらないまま走るのは、タクシードライバーにとってはかなり辛いものがありますからね。
いつもは混み合っている名神高速も、その日は不思議なことに空いていて珍しく快適に飛ばせました。
天王山トンネルを少し過ぎた辺りだったでしょうか。
女性は私が尋ねたわけでもないのに、突然ポツリと語り始めました。
「運転手はん、うち……実は結婚してますねん……」
「え……?あ、そうなんですか……。」
その一言を耳にした時、私にかすかな落胆があったことは正直否めませんでした。
タクシーに乗車してきたお客が未婚者であろうが既婚者であろうが、そんなこと私には関係がないはずなのですが。
「いいえ、お独りかと思っていました」
「やぁ、嬉しいこと言わはるわぁ。おおきにぃ。うち、結婚して3年目になるんどすえ」
「そうなんですか。でもまだお若いんでしょう?」
「今、25どす。うち一人娘やったさかい、婿養子もろたんどす。親が家の商売、どないしても絶やしたらあかんからゆうて」
「それはまた今時珍しいですね」
「ほんで、すぐ縁談、持ち上がって」
「で、好きでも無い人と結婚したと?」
「その頃、うち、好きやった人と別れた直後やったんどす……。かなり落ち込んどりましたなぁ。そんな時、親の勧めるままに、よう知らん人とお見合いして。優しそうな人に見えたし『まぁ、ええわ。誰と結婚してもおんなじや』と軽う考えて、なんぼも日が経たんうちに結婚したんどす」
「失恋の反動もあったんでしょうねえ」
「あとで考えてみたらそのとおりどしたなぁ」
「優しい人ではなかったのですか?」
「いいえ、優しいことは優しいんどすけど……」
「どんな不満があるのですか」

どうしても聞きたい、と言う衝動が私の中にあったことは確かでした。
「浮気どす……」
「え……?」
「あの人、この数ヵ月ずっと浮気したはるんどす……」
「…………」
「一晩帰ってきいひんこともしょっちゅうあるし……そやそや、この前、スーツのポケットにラブホテルのライター入ってたんどす」
「それはまた……」
私はどう返事をすれば良いものか、言葉に窮しました。
そこまで証拠を押さえていれば、慰めの言葉も通じないでしょうし。
「うち、情けのうて……毎日が辛ろうて辛ろうて……」
女性はシクシクと泣き出しました。
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Shyrock様からの投稿を読んでつくづく思います。
官能小説は様々あれどほぼほぼ現実にそう文体であり感心させられます。
流れが良いんですよ。 目をつむっていても情景が浮かんでくるような気がするんです。
知佳のブログの中で「美貌録」だけアクセスが伸びず対策にブロ友をと探し回りましたが現実の世界とはまるでそぐわない文章の羅列、あれを見る限りこのような文を愛読する人たちって余程世の中に対し不平不満を抱いてると思えて仕方がありません。
しかもその手の小説の方が圧倒的に人気を博している当たり書く方としても考えさせられます。 一般小説を読む人と官能小説とでは計り知れないほど隔たりがあるんですね。
探す方面と探す手法を考え直します。