掘割の畔に棲む女 ~鉈を持ち出してきた男~
司はこれまで彼女と接して得た経験からできる限りその部分には触れないよう、話題を変え明るくふるまってきたつもりでした。 美月ちゃんは確かにこういったやり方で徐々に心も生活も安定してくれましたが千里さんは一方方向に振れたまま元に戻りそうにないのです。
そうこうするうちに藤乃湯とは元来女将の方針からして雇女、つまり女中を使って望むお客様には夜伽をさせていましたので苦心惨憺やっとそういうことから少しは脱却できたと思った矢先、今度は自分で止める方向に舵を切った筈の千里さん自らが進んで誘われるまま男の部屋に忍び込み夜伽を再開させてしまったんです。
女がそういった状態になると彼女を取り囲んでいた連中もそれに呼応するように蠢きます。
ただでさえ夜遅くまで明かりをつける、たったそれだけのことで目くじらを立てる女将の言動を嫌い用がなくなると早めに寝ることに気を使っていましたので千里さんが男の元に忍んでいく時間も以前なら午前零時をとっくに回ったあたりでやっと行動に移っていたのもが美月ちゃんがこの頃では寝息を立て始めると待ってましたとばかりに出かける支度を始めるようになっていったんです。
女将を始め女将の漢も殊の外だらしなく、日も傾き始めると、もう酒を浴びるものですから深夜旅館内で何が起こっても目を覚ますような人たちではなかったので千里さんが男の元に忍び込む、その時間に合わせるように彼女目的の野郎が時によっては現れたりするんです。 深夜は流石に表面上は大人しくしていましたが水面下では何とかして気を惹こうと熾烈な争いを演じていたようなんです。
それはそうでしょう。 世の中女が溢れるほどいるのに嫁どころか彼女も出来ない鰥夫が世の中には、殊にこの辺りのような田舎ではわんさかいるんです。 千里さんのような女でさえ触れることすらできない彼らのうっ憤は旅館で夜伽の噂を聞くにつけ暴発寸前になってたんです。
そしてとうとうある日のこと、離れの小屋に鉈を携えた男が乗り込んできて千里さんに今すぐここで脱げと脅し始めました。 その場には幸いにも美月ちゃんは学校に行ってて留守でしたが運の悪いことに司が丁度学校方面から帰って来て戸を開けてしまったんです。
その司を見て件の男は千里さんがこういったところにも漢を招き入れてると勘違いし司に向かって鉈を奮り上げ襲い掛かって来たのです。 どうやら待てど暮らせど順番に組み入れてもらえない男がそれならと昼日中千里さんをモノにすべく押しかけてきてさあこれからというときになってひょっこり司が顔を出し、男としては己のために脱いでくれてる千里さんを取られてなるものかと立ちふさがり千里さんを助けようとした司と揉み合いになりここで負けてなるものかと暴挙に出たようなんです。
司は普段からお酒も煙草も一切やらず、まじめに日々を送っていましたので酒浸りのノロノロとした男の動きに素早く対応でき千里さんを連れて旅館の敷地から逃げ伸びることが出来ました。 千里さんがやらかしてることを目の当たりにした司に迷いはありませんでした。
問題が問題だけに司は付近の方々にお願いし警察を呼んでもらったんです。 捕まった男は警察の調べに洗いざらい白状しました。 しかしそのことによって警察も旅館内で夜伽をやらせていることを隠しおおせず、とうとう表面化し旅館は営業を取り消されたんです。
銃刀法云々によって起訴となる案件であるため司は勿論のこと女将も女将の漢も、そして夜伽の当人である千里さんも徹底的に調べられました。 司は気付かなかったんですが千里さん、いつの頃からか知りませんが薬を打たれつつ行為に及んでいたんです。 薬効が平常心を狂わせたのでしょう、男も女も狂気に満ちた行為を日々繰り返していたんです。
千里さんの調べは当初売春で済んだはずが調べるにしたがって尋常ならざる契りと分かりその捜査上とうとう違法薬物問題が浮上し逃亡や再犯、及び証拠隠滅の危険性が高まったことから任意同行ではなく拘束されたままの裁判となってしまったんです。
国選弁護士を通じこのことを知った司は急ぎ美月ちゃんを保護すべく相談を持ち掛け弁護士の合意の元両親が住む津和野に美月ちゃんを連れ帰ることにしました。
有本家に美月ちゃんを残せば旅館が閉鎖された今となっては生活面で問題があるし、ましてや前科者の子として将来に傷がつくからです。 美月ちゃんにしてもそのことを良く心得てくれていて司の願いを聞き届けてくれました。 美月ちゃん、いつのまにやら千里さんにではなく司の味方になってたんです。
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Shyrock様からの投稿を読んでつくづく思います。
官能小説は様々あれどほぼほぼ現実にそう文体であり感心させられます。
流れが良いんですよ。 目をつむっていても情景が浮かんでくるような気がするんです。
知佳のブログの中で「美貌録」だけアクセスが伸びず対策にブロ友をと探し回りましたが現実の世界とはまるでそぐわない文章の羅列、あれを見る限りこのような文を愛読する人たちって余程世の中に対し不平不満を抱いてると思えて仕方がありません。
しかもその手の小説の方が圧倒的に人気を博している当たり書く方としても考えさせられます。 一般小説を読む人と官能小説とでは計り知れないほど隔たりがあるんですね。
探す方面と探す手法を考え直します。