第25話“名残の宝塚” Shyrock作

尋ねるまでもなく当然ながら京都へ帰宅するものと推測していました。
「そうどすなぁ。やっぱり帰らなあかへんわなぁ……」
バックミラーに写った惠の表情はとても曇っていました。
私はあえて明るく答えました。
「そりゃ、こうして美人を乗せてずっと走っていたいですけどね。ははははは~」
「ほなら、そないしまひょか?」
「じょ、冗談ですよ!そんな訳には行きません。昨夜泊まることも家に連絡してなかったのでしょう?早く家に戻らないと皆さん心配されていますよ」
「裕太はん?」
「はい?」
「タクシーに戻ったからゆうて、急に、一見のお客はんに使うような、よそよそしいしゃべり方、やめてくれはらしまへんか?」
「え?あぁ……確かに。このクルマに乗ると、つい無意識に仕事口調になってしまうもので。ははははは~、ごめん、ごめん」
「別に謝らんでもよろしおすけど。せやけど、急に他人行儀になったらなんや寂しおすがな……」
「……」
「昨夜あんだけお互い燃え上がったのに……」
(キキキキキ~~~~~!!)
「すみません!」
「一体どないしはりましたん?」
「突然昨夜の光景を思い出させるようなことを言うから、たまらず急ブレーキ踏んでしまったじゃないですか……ふぅ~」
「謝らなあかんのはうちの方やねぇ…すみまへん」
「いいえ」
その後、惠が「せっかく宝塚に来たので、どこかへ寄って帰りたい」と言うので、かの有名な手塚治虫記念館に寄ることになりました。
「宝塚は手塚治虫氏が多感な幼年時代から青年時代まで過ごした町でもあり、どうしてあの巨匠が生まれたのか、もしかしたら何かヒントが見つかるかも知れない」と私が語りかけたところ、思った以上に惠は興味を示しました。
和服姿の麗人を連れて歩くとさすがに目立ち、駐車場から記念館へ向かう途中もすれ違う人々は惠に熱い視線を向けました。
人々はふたりのことを『良家の若奥様とおかかえの運転手』と思ったのではないでしょうか。
でもその時は周囲からどのように見られようとも一向に気にしませんでした。
だって惠と並んで歩けるなんて、まさに至福のひとときだったわけですから。
記念館を出た後、お茶をしようということになり、宝塚ホテルに寄ることになりました。
大正時代創業という名門ホテルらしく重厚でボーイの行き届いた対応も心地よく、案内に従いロビーを抜け1階の喫茶室へと向かいました。
「裕太はん、おおきに」
「何が?」
「せやかて、こんなわがままなうちと一晩付き合うてくれはったし……」
「……」
「裕太はんと出会えて、うちすごぅ良かった思てます……」
「僕こそ惠と出会えたことをすごく感謝してる」
「ほんまどすか?」
「もちろん」
「嬉しいこと言うてくれはりますなぁ」
「欲を言うと……」
「はぁ……?」
「君ともっともっと長い時間を過ごしたい……」
「うちもおんなじ想いどすぅ……」
「……」
「……」
スムーズに流れていた会話がふと途切れてしまい、ふたりの間にわずかな沈黙が訪れました。
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tag : 宝塚手塚治虫記念館和服姿の麗人熱い視線良家の若奥様おかかえの運転手至福のひととき宝塚ホテル1階の喫茶室おんなじ想い
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Shyrock様からの投稿を読んでつくづく思います。
官能小説は様々あれどほぼほぼ現実にそう文体であり感心させられます。
流れが良いんですよ。 目をつむっていても情景が浮かんでくるような気がするんです。
知佳のブログの中で「美貌録」だけアクセスが伸びず対策にブロ友をと探し回りましたが現実の世界とはまるでそぐわない文章の羅列、あれを見る限りこのような文を愛読する人たちって余程世の中に対し不平不満を抱いてると思えて仕方がありません。
しかもその手の小説の方が圧倒的に人気を博している当たり書く方としても考えさせられます。 一般小説を読む人と官能小説とでは計り知れないほど隔たりがあるんですね。
探す方面と探す手法を考え直します。