すげなくされても必死に食い下がる輝久
まるで子供が母親に向かって空腹ゆえのおやつをねだるが如くだ。 だが行き場を失って囲われることになった冬子にしてみれば輝久と同じく金衛門の存在自体からして怖すぎる。
あの漢の許しなく息子と言えど何かを勝手に与えたとあってはただでは済まなくなる。 下手をすれば追い出されるかもしれない。 冬子から見れば成る程輝久は金衛門に比べ可愛らしかったし何より年下が好みの冬子の性癖とピッタリ一致した。
それだけに可哀想だが輝久への金衛門の懲罰は何としても避けねばならないと思うに至った。
逃げ回る先に偶然通りかかったような顔をし、あの勘助が現れた。 癇癪持ちの金衛門の元に嫁ぐような格好で住まうようになった女とはどんな味がするか足入れしたくなって田圃の様子見がてら現れたのだ。
出戻りと聞かされていたので受け出してやることさえ約束すれば何がしかの金品を渡すだけで或いは野辺で味見させてもらえるんじゃなかろうかと勘助、田圃の桁で寝っ転がりマ〇をお勃ったてそに唾をたっぷりつけ擦り上げながら算用し始めた。
まずもって金衛門家を出て隣に向かおうとすれば家の裏にそびえる山を越えなければならない。 その山の中腹から元来た道を振り返ると丁度勘助が寝っ転がる田圃が目の前に広がる。
本来人間の目如きでは拝めるはずもない畦道で横臥する勘助。 だがこの漢はきっと今にここを出たがってた冬子が峠に向かい、しかし不安に駆られ振り返り見渡す限りの水田の畦道で寝転びお勃った誘ったマ〇を、遠目が効くなら見つけてくれるであろうと信じ、もし引き返してくれたら押さえ込んでやろうと準備も兼ね擦り続けていた。
冬子が逃避行を企てたことに勘助以上に落胆しうろたえたのが輝久である。 生まれてこの方あれほどの優しい目で見つめられたことは無かった。 遠縁にあたるとはいえこの歳で果たしてそれがどういったものか理解できていない。 自分を包み込んでくれると同時にひょっとしたら親爺がやらかしたように義母を相手にいかがわしいことをやれるかもしれないとも考えた。
出がけに親爺は何も言わなかったが聞かなくても峠を勝手に越え隣まで出向くことは禁じられていた。 見つかれば半殺しの目に合うのはわかっていた。 自分がそうだからまさかに義母が越えたとしても叩かれることは間違いない。
居ても立っても居られなくなった輝久は隣に通じる獣道の峠を越えた辺りに先回りし義母を捉えようと山中に分け入った。 熊笹の生い茂る藪を抜け、せめても勘助の家が見えるか見えないかの辺りで冬子に追いつこうとしたのである。
ふたりの想いは冬子に通じなかった。 冬子は金衛門の家を抜け出せば折檻を受けることだけは心得ていた。 なので田の畦道を経て獣道に入ると懸命に先を急いだ。 輝久でさえ恐ろしい追っ手に思えたからであった。 それが間違いの始まりだった。
この道に慣れているものは目をつぶってても勘助に家に辿り着ける。 だが慣れていないものは田圃別れから僅かに山に登った辺りに無数に山子の道があることにまず惑わされる。
登り始めからして背丈を超える熊笹が覆いかぶさるように生えていて周囲の何もかも隠す。 冬子は今登ってる道が山のどの辺りになるのか距離と方角を見失っていた。
登り始めて右へ右へと道をたどればよいものを上に登ることだけ念頭に置いて登って来たものだから途中でこの山子の道に分け入ってしまっていたのである。
輝久は生まれて初めて恋をしていた。 その恋しい人に追いつくため死に物狂いで山中を峠目指して駆け上っていった。 峠付近に辿り着くといつも遊ぶときに物見に使っていた高い木によじ登り辺りを睥睨した。
だが、どんなに目を皿のようにして見渡してもそこに義母の姿はなかった。
「しまった。 先を越された」
藪をかき分け進むのと、獣道、それも女の足であっても進む速さは数段道の方が速い。
輝久は再び山中に分け入り迂回するようにしながら今度こそ目の前に勘助家が見える辺りまで来た。 だが、どんなに辺りを見回しても義母の姿は見当たらないのである。
そのうち峠の方面から勘助が引き返して来た。
「あっ 勘助のヤツ、オラの知らんうちにおっかあを!」
気色ばんだがよくよく見るとしょげかえってるようにも見える。
「ふんだ あんな奴におっかあが靡くもんか」
精一杯罵ってはみたもののそれで義母が見つかったわけではない。 それにいくら何でも勘助の棲む部落内を義母を探し求めて歩きようもない。
輝久はとぼとぼと自宅への道を引き返した。 父親に見つかるだのなんだのと言う思考はもはや頭の中から消え失せていた。 あるほはひたすら喪失感だけだった。 だがそれが思わぬ幸運を呼んだ。
引き返す途中途中輝久は、それでも諦め切れなくて、それなら果たして義母は何処に消え失せたんだろうことを考えていた。
生まれ育ってろくろく自宅周辺から外に出してもらったことのない輝久は遊びと言えば家の周りの山中を駆け巡ることぐらいだった。 獣の足跡を追うのである。 そのある種猟師の感が女が行き交ったであろう足跡をあの山子別れで見つけたのだ。
自宅近くの峠道を暫らく登って左に折れるとそこはもう最終的に何処に通づるかさえ分からない山子道となる。 ただひとつ救いがあるとすれば分かれ道を峠を越える辺りまで登ると素人目には気付かないほどの小別れがある。 右に別れほんの少し山を下ると廃れた炭焼き小屋に辿り着く。
その小屋の真ん前から木々の隙間を縫って勘助の家が眺望できるのである。
「義母さん、きっとそこに行ったんだ」
こうなると恋しさの余りその先に地獄が待ち受けてることすら念頭から消え失せ懸命に後を追っかけ始めたのである。
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