あんなガキより儂の方が… ~分かれ道~
炬燵以外これと言って暖房設備など無い以上遺体を放置したとしてもそれほど腐敗は進まない。 だが、普通に考えれば墓に埋めた方が良いに決まっている。 しかし何故か吉村家の周囲を見渡してもどこにもそれらしいものは見当たらないのである。
冬子は輝久の一本気な優しさによって短期間吉村家に留まっていたとはいえ何度も助けられ知り尽くしている。 何度そのことを提言しようとしたか知れない。 しかし生前金衛門が輝久に強いて来た様々な折檻・いじめを見るにつけどうしても言い出せなかったのである。
暮らしていくうちに更なる疑念が湧いた。 金衛門か家族の誰かが焼酎の箱やイカの塩辛の樽を取りに出なければ縁側を無断借用されている家は怪訝に思わないだろうか?
焼酎を届ける店は納品のタイミングについて問うて来ないことがまずもって不思議で仕方なかった。
それに応えてくれる代わりに輝久はこの里にこの冬一番の寒気が襲った暁闇、寝ているところを突然揺り起こされ外に連れ出された。
昨日まで家の外へ一歩出れば雪に腰まで埋まり冬子など身動きできなかったものを、この日の朝に限って雪の上をスタスタ歩けたのだ。
輝久は冬子の手を取ると何故か峠越えの道を選ばず川に沿って上流へと進み始めた。 雪に足を取られないものだからゲーム感覚で足を進めることが出来る。
川に沿ってしばらく進むと対岸に渡り坂道を登り始めた。
登り詰めた先に吉村家の門口道と比べ明らかに手入れの行き届いた山道が延々と恐らく上流に向かって伸びていて、輝久は冬子を伴って何故かその方向に向かおうとしているのだ。
行き着いて大きな集落内を見ているうちに冬子にも輝久が連れ出してくれた意味がようやく理解できた。 輝久は金衛門と関りのある集落を避けこの地に逃してくれたのだ。
女の足では追手が掛かった場合、到底逃れられないだろうと女でも遊び半分歩ける年に1~2度しかないチャンスが到来するのを死体遺棄の罪を一身に被って待っていてくれたのだ。
しかもその集落は小さいながらも街道の分岐点にあたる為降雪時の雪かきは万全でバスは定刻に来てくれた。
冬子の生まれ故郷の方面には向かわずそのバスを乗り継ぎ南に向かえと伝えるとどうやって手に入れたか知らないがいくばくかのお金を握らせてくれ、輝久は元来た道を引き返していった。
恩に報いる為冬子は輝久に教えられた通り前へ進むことだけを考えた。 冬子を乗せたバスはほどなくして終着の停留所に滑り込んだ。 運転手に聞くと間もなくこの場所に乗り継ぎのバスが到着するという。
乗ってきたバスも冬子の故郷ではもう見られなくなった古い型式のオンボロなバスだったが乗り継ぎのバスは更にオンボロで座席も狭かった。
乗り込んで更に奥地に進むにつれその理由がよく分かった。 このようなバスじゃないと道が狭く対向車とすれ違えないのである。 だが、その割には乗客数は多いように思えた。
如何にも不安そうな顔つきで俯いて座っていたからだろう。 隣の席のおばあさんが気の毒がって話しかけてくれた。 なんでも冬子が最初に乗ったバスは日に4便往復するが今乗ってるバスは日に2便しか通わない。 しかも人口は山奥に向かってるというのにむしろ多いと言うのだ。
確かに心細げなバスではあるが、終点が汽車の駅になってて何処でも好きなところに行けると教えてくれた。 これを聞いた冬子はもう金輪際故郷はもちろん世話になったとはいえ輝久の元へは帰るまいと心に決めおばあさんに礼を述べた。 きっとこれから先は元の生活に戻らざるを得ないだろうが輝久とは心残りの無いほど契って来ていて後悔の念は湧かなかった。
冬子を見送った輝久は自宅に取って返し家の脇に立っている掘立小屋の片隅を掘り始めた。 縦棺が丁度納まるか納まらないかの広さ深さに掘ると父親の遺骸を引きずってきて穴の中に投げ込み上から土をかけた。 土をかけておいて穴を掘る時に見え隠れしていた甕の縁を力一杯叩いた。
甕が割れ内容物が今父親の遺骸を埋めた穴に流れ込んだ。
掘立小屋にはこれまで一家が使っていた便壺が埋けてあり輝久のひとつ下で、小児麻痺で生まれた弟もこのように親爺の手によってこの便壺に叩き込まれ息を引き取っていたからだ。
こうして父親の遺骸を葬ると輝久はこれまで住んでいた家の四方の柱を家の裏に置いておいた丸太で薙ぎ倒した。 便壺小屋と同様、呑む金欲しさに掘立小屋程度のものしか建てようとしなかった実家は柱を失いイヤイヤするように雪の中に倒れていった。
春になり誰かが訪ねて来たとしても母屋も脇にあた小屋も雪の重さに耐え兼ね倒壊したとしか見えないからである。 ましてや忌み嫌う金衛門家のこと、誰かの行方が知れないからと言ってわざわざ探そうとするものなどいない。
輝久は家を倒壊させると冬子を見送った川を逆方向に向かって下っていった。 この辺りの山子の道を隅々まで知り尽くしている輝久は地区住民に見つからずして地区を抜ける方法まで心得ていて今そこを辿ろうとしていた。
図らずもその道は金衛門が今際の際まで拘っていたあの炭焼き小屋の脇を抜けていくのだ。 炭焼き窯は込めたままになっているはずである。 一冬火を焚かねば窯の土は湿気を含んで恐らく落ちるであろう。 炭化した木は自然に帰すであろうが輝久は敢えてそれを取り出し金に換えようとはしなかった。
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