路上で蹲る女性
「大丈夫ですか」 の問いに 「私は大丈夫です。 独りで帰れますから」 と応えつつもなおそこに蹲り時に涙を流す。
最初に声を掛けた女性は幾度となく自分の車で自宅まで見送るし、必要なら救急車をと諭すが 「大丈夫です」 と繰り返すばかり。 声を掛けたのが老齢の女性だから遠慮があるんじゃないかと次にこれも高齢の男性が同じ内容の言葉で声を掛けるが 「大丈夫」 と繰り返し親切に応じようとしない。
遠間からこれを見ていたある女性がポツリとこう言った。
「どんなに待ったって漢は来ないわよ」
典型的なハニートラップに引っかかった女性だと言うのだ。 そう言われてみれば成る程、歳の頃からすればもう普通に不倫を謳歌できる筈もなく、かと言って恋を諦めるには少し早いようにも思える。
諦めるに諦めきれない、その理由が心もそうなら躰も、そしてそれなりに金銭もという訳だ。 愛情問題に中で特に躰に関しては同じ年代ならもうとっくに愛だの恋だのは諦めてるはず、そこで優越感に浸っていたとすれば尚深刻なんだろう。
治夫さんの母 蓬莱なお美さんは、とあるお店で午後のひと時を楽しんでいて彼に声を掛けられお付き合いが始まったという。 ほんのちょっとした立ち話しで終わらせるつもりが長々と話し込み、そのうち彼が自分と同じ思考の持ち主ではないかと思うに至る。
何故かその日から数日を経ずして再び出逢う機会に恵まれ、今度こそとお茶を共にしまた長々と会話を楽しむ。 別れ際、次回いつ巡り合えるとも分からないので連絡先を交換し合う。 流石に住所は伏せたがベル番にアドレスは伝えた。 すると別れた直後から頻繁に電話なりLINEでの連絡が届くようになりこれに応えていくうちにいつしかなお美さんは彼に夢中になっていった。
逢えるんだと思うと家事だろうが何だろうが鼻歌交じりでこなせた。 相手が知りたがっていたであろうことを逢ってもらわんがための餌としてばらまいたつもりだった。
だが、なお美さんがばらまいた餌は漢にとって稼ぎにならないどころか深い関係にでもなろうものなら逆に持ち出しとなりそうな気がした。
なお美さん、ご主人から託された金銭は最低限家計を維持する程度の額でそれ以上となるとへそくりで何とかやりくりしなければならなくなる。 彼女にとって彼への貢ぎ物とはすなわち躰。 彼が要求していたものはクレジットカードや預金から引き出せるであろうお金。
間尺に合わなくなった彼は突然別れを切り出し彼女を路上に残し去っていった… という訳だ。
待てば待つ程漢はその時間を使って遠くに逃げおおせる。
果たして彼女の中に残されたもの、
(あの状態が続けば近いうちに必ず求めてくれたはず…)
そう思わせるに相違ないほど漢は求めてくれていた。
それを今更ご主人に向けようもない。 何故ならご主人こそ薄々なお美さんに漢が出来たであろうことに気付いておられたフシがあったからだ。 ここぞとばかりに長年右にしようか左が良いかと悩んでおられた趣味の買い物をこの時されたからだ。 その分家計への締め付けは厳しくなった。
なお美さん、こうなるとご主人に向かって夜のお勤めを乞う気にもならず、逆に避けるようになっていった。 その溜まった欲望が息子の治夫に向けられた。
晩夏の路上で長時間に渡って蹲って魅せたのである。 全身汗みずくで気分までくしゃくしゃする。 暑気払いに浴室の窓なり扉なりを全て解放しシャワーを浴び続けた挙句、その恰好のままバスタオルで躰を拭きつつ台所に出向き冷蔵庫からビールを取り出そうとした。
ただでさえ女に飢えてた治夫その一部始終を物陰から盗み見し部屋に取って返すと擦り始めてしてしまう。
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