スワッピングを匂わせる発言に
「儂は元々若い。 昨夜もしたのに、また朝からできるんだからな」
すぐに返した漢になお美はゴクリと喉を鳴らした。
「気にしなくていいのよ」
漢の愛人が気品のある笑みを浮かべた。
昨夜は粋な和服を着ていた漢の愛人が、今朝は白いノースリーブとラベンダー色の羽のように鮮やかなロングスカートだ。 髪を肩まで下ろし、和服とはまた違った美しさを漂わせている。
これほど艶めかしい女が男の愛人なのだ。 それなのになぜ漢は自分のような女を相手にするのかと、なお美はまた考えを巡らせた。
ひとときの遊びのつもりだろうか。 けれど、それならなぜ愛人のために借り上げたマンションに連れ込んだんだろう。 考えれば考えるほどわからなくなってくる。
「お口に合うかしら」
「えっ!? ええ、とても美味しいです」
なお美は我に返った。
「できるだけ早く、お宅に伺いたいわ。 ご主人にご挨拶しておけばお留守の時、ここに堂々と泊まれるはずだから」
愛人がいうのに合わせ
「それに、旅行にも行けるしな」
漢が付け足した。
「なお美には教えたいことが山ほどある。 バイブも使ったことがなかったとは、これから先楽しみがいっぱいでいい。 大人の玩具というか、プレイに使う道具はいくらでもあるぞ。 こんな話しをすると、またムズムズしてくるんだろう?」
頬を緩めた漢に見つめられ、なお美は目を伏せた。
「なお美を見ていると儂も興奮してくる。 恥じらう顔にそそられる。 もしかして、なお美に誘惑されているのかもしれないな」
「お食事のあとはゆっくりなさらないと、いくら何でも躰に毒だわ」
愛人が呆れ顔をした。
「ムスコを使わなければいいんだ。 あの手この手で可愛がってる時のほうが一番楽しからな。 この齢じゃ、さすがに一日何度もというわけにはいかない」
漢と愛人のやり取りを聞いているだけで恥かしく、なお美はふたりの会話に加わることができなかった。
「ゆっくりしていけ」
「いつまでいてもいいのよ」
デザートのフルーツを食べ終わったのを機に漢と愛人がなお美に向ってこう言った。
「急に留守にしたので… やっぱり気になりますから……」
留守宅が気になるのは本当だが、長居するだけ恐ろしいことになるような気がした。
「残念だな。 あまり引き留めて嫌われても困るしな。 用意が出来たらタクシーでも呼ぼう」
「最寄駅を教えていただければ、電車で帰りますから」
「疲れてるから、朝から乗り過ごすかもしれんぞ。 タクシーがいい」
なお美はまた汗ばんだ。
帰れると思うとホッとする一方でなんだか後ろ髪を引かれるような気もする。
ここに来てからの不思議な時間を思うと、一歩外に出た途端、何もかも消えてしまうのではないか、二度と甘美な時間を過ごせなくなるのではないかと不安になる。
夫婦生活に荒波が立たないことを望んでいながらも、もうひとつの強烈な時間も欲しい。 身勝手と思いながらもなお美はふたつとも手放したくなかった。
「またきっと来てね。 その前にご主人にご挨拶に行くわ。 だから、不自然に思われないように、私と知り合ったことや泊ったことを離しておいて」
別れ際にしつこいほど漢の愛人はなお美にこの言葉を繰り返した。
あの人は本当にやってくるつもりだろうか。 その後、どうなっていくのだろう。 今は考えてもわかるはずもないことが脳裏を過った。
タクシーが着く頃玄関で別れるつもりが、漢と愛人に下まで送るといわれ一緒に出た。
タワーマンションの最上階だけにエレベーターが4機もあるというのにすぐにややって来ない。
「あう!」
すぐに漢の愛人が声を上げ壁に手をついた。
「ああ……」
愛人は眉間にしわを寄せ、口を開け荒い息を吐いた。
「大丈夫ですか……」
なお美は動揺した。
愛人の様子がおかしいというのに、漢は唇を緩めている。
「やめて……」
愛人は息苦しそうだ。
「一階に着くまでにいってみせるといい」
「会う…… お願い…… 弱くして」
ふたりはなお美に理解できないことを言っている。
上がってきたエレベーターのドアが開いた。
「私、ひとりで大丈夫ですから……」
具合の悪い愛人にわざわざ下まで来てもらうわけにはいかない。
「心配しなくていい。 三人で乗るんだ」
漢は愛人を強引にエレベーターに押し込み、各々十階毎のボタンを押した。
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