何処かで見かけた哀愁の漂う女

(う~ん、思い出せない。 確かに何処かで見かけた女なんだがなあ)
20代前半の隼人にとってこの店はもちろん馴染みではない。 会社の同僚に誘われ、たまたまカウンター越しに相手をしてくれたのが彼女だった。
この日も同僚の金森翔太に誘われるがままこの一杯飲み屋の暖簾をくぐったというわけだ。
一杯飲み屋というだけあって店の広さはまるでスタンドバー、カウンターの後ろに4人掛けのテーブル席が2組あるだけの小さな店だ。
その店を恐らく夫婦と思えるふたりで切り盛りしていた。 隼人がこの店に出入りし始めてこの日でもう5度目になる。
こういった店によくある何処かのデパートで仕入れてきた総菜を違う雰囲気の皿に盛って出す。 そういったやり口に加え恐らく自宅で仕込んできたであろうと思える家庭料理をもふるまってくれるのが気に入ってすっかり常連になりつつあった。
「おい! なにぼ~っとしてんだ」
「えっ!? いやなに、ちょっとね」
翔太に徳利を差し出され、心を見透かされたような気になり焦った。
明るい笑顔で接客する奥さんと思えるその女を見て、以前どこかで見たことのある女だとずっと思いを巡らせていたのだ。
「なにをじゃねえよ。 さっきからちっとも呑んでないじゃないか」
「俺はお前ほど酒が強くないんだ。 ボチボチやるさ。 それよりお前こそ呑め」
翔太に酒を注いでやろうとして彼の向こう側に徳利が既に3本横になってるのが見えた。 どうやらカウンター越しに女に注がれながら呑んでたらしく頗る上機嫌だ。
「奥さんっていつ見てもきれいだねえ。 それになんてったって気立てが良い」
一緒に並んで呑んでいるくせに、何処か気もそぞろの隼人を翔太は話し相手にもならないとでも思ったのかカウンターの向こうのご夫婦、殊にきれいな女性に声をかけ始めた。
「いやぁ、そうでもないですよ」
旦那と思える男は照れ笑いを浮かべながらも謙遜して見せた。 自分の女を褒められまんざらでもないようだ。 当の女はといえば、恥かしそうに俯いている。
翔太が言うまでもなく彼女は美人だった。 切れ長の目と黒髪、若さのせいか頬がふっくらと膨らんで実に愛らしい顔だ。 齢のころで言えば二十歳をほんの少し過ぎたといったところか。 エプロンの上からでも十分に胸が膨らんで見える。
「このおつまみもあの人の手作りですか? 懐かしいなあ、おふくろの味だ」
隼人は自分の気持ちを悟られまいと話しを別方向に逸らすが
「奥さんは昔、モデルでもやってたんですか」
翔太は酔った勢いで隼人が訊きたかったことを亭主にではなく本人にズバリと訊いた。
美人を前にした漢の思うことと言ったら大なり小なり同じと見え、場所柄もあり彼女に過去、そういう仕事をしていたのかと問い詰め始めていた。
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