騙して連れてこられた……であろう比田勝の夜の蝶
夜ともなると昼間と違い料亭は、なんだかいうアニメに出てくる料亭のように灯りが点いて賑やかで、でも宴席に花子は駆り出され加奈子は独りぼっち。
女将の勧めで歩いて港まで出てみた。 昼間見ると何の変哲もない、水深が浅い港だが、夜ともなれば海面を夜光虫が彩る。 隅田川の花火を思い出し、しばし見とれた。
翌日は朝から雨だったので、加奈子は多くの時間を花子とレストラン喫茶美松に出かけ食事と飲み物をとり、それが終わると評判のバー桂を中心とした飲み屋街を花子の案内で見て回った。
なるほどと思えたのはその道幅、この時代にあって人力車程度しか通れないほど道幅は狭く、しかも建物たるや外側は鰐浦の民宿同様バラック建てなのだ。
「ねえねえ花子ちゃん、こんな場所に勤めるお姉さんたちって……ひょっとすると……」
「うん、そうだよ。 多分ね。 ウチと同じ、本土のどこかからか連れてこられた人たち」
こともなげに言ってのける。
恐らく彼女らの住まいも花子と同じかそれ以下、仕事場の雰囲気からして雇い主が彼女らを人間扱いしているようには思われず、ゴミ屋敷ではないかとさえ思われる。 客層にしても当初は恐らく裕福であろう地元の漁民を狙ったであろうが、蓋を開けてみれば地元民はほぼ来ず、代わってきてくれたのが流れの漁民。 売り上げは不安定この上なかった。 それを補ってくれたのが自衛隊や海保の若者だった。
彼女らはだから、自衛隊さんや海上保安庁職員を将来の旦那様と見立て、地元の若い女の子と覇を競っていた。 花子同様、彼女らも自分の置かれている立場を振り返るなど、まずしない。 躰を張って若者と対峙するのだ。 経営者は売り上げを上げることに躍起になっている。 店が引けてから客のひとりと躰の何系に至ったとしても、それが営業成績を押し上げてくれていると思えばこそ黙って見逃してくれている。 が、彼女らは売り上げではなく誰と親しくなれたかに心血を注いでいた。 そういう意味において男性天国に思えたが……。
「じゃあ、男の人と親しくなったからって、結婚できるとは限らないじゃない」
「う~ん……花子ちょっと弱いからわかんない。 御母さんに訊いてみるね」
訊くまでもないと加奈子は思った。 泊めてくれた宿の女将はもちろんだが、加奈子のような客の前であっても姿を現したこともないご主人もどうやら彼女をこのまま手懐けておいて娼婦にと思い込んでるふしがあるのだ。 それぐらい一種風紀が乱れていた。
歓楽街と呼べるところを見終わり、宿に帰ろうと道を引き返すと、比田勝の中央通りをあか抜けたふたりの女性がこちらに向かって歩いてきた。
「あっ、ちょっと隠れさせてね」
花子が急に加奈子の背後に隠れてしまった。
「あの子たちと顔を合わすの、イヤなの?」
「うん、あいつら、ウチのこと馬鹿にするから……」
憎たらしいという風に、彼女らが脇を通り過ぎると後ろ姿に向かってあっかんべーをした。 その姿が如何にも可愛らしく、ついつい彼女らの素性を訊くことになる。
町内の佐護呉服店の跡取り娘も、斜向の村本食肉店の跡取り娘も、店の後を継がず挙って地元民とではなく自衛隊さんや保安庁さんの誰かを旦那にしようと躍起になっている。
ところが親はどうかというと、比田勝がそうなら泉も豊も、鰐浦までも似たような立場にあるもの、或いは地元民を婿にしようと考えていて、同じような年代の男性と男女の関係になるには親の承諾が必要なようなのだ。
加奈子の脳裏に、あの鰐浦の夜のことが思い出された。 あんな風になるには幾度となく近親結婚を繰り返したからではなかろうか。 きっとそうに違いないと思えてきた。
そう思って花子が憎らしそうに紹介してくれた佐護の娘と村本の娘と比較してみた。 村本のとんちゃんは食事として供されたので材料をどこから仕入れているのか、おおよそ見当がついた。 とすると、見た目で感じられたように村本の娘には多少なりとも隣国の血が入っていそうに見える。
その点佐護の娘は近親結婚独特の (優性遺伝独特の) 、透き通るような美しさがあった。 現に、女将に訊いたところ家族がひた隠しに隠してはいるが、妹が、あの鰐浦の座敷牢の女性同様、もう幾年そうなのかわからないほど長期にわたって部屋の奥に閉じ込められているという。 つまり、どんなに彼女が美しかろうが、彼女を娶ればその妹をも面倒見ねばならなくなる。
自衛隊さんも海保さんも、幾度となく佐護の娘にアタックするのだが、結局のところ諦めざるを得なくなるのは、どうやらそれが原因らしい。 それがわかっているからなのか、佐護は誘われるとまず断るということをやらない。 危なっかしいほど飲まされても最後まで付き合うと評判の娘なのだ。 若い男女がとことん一緒に過ごす、そう訊いただけで想像に難くない。
加奈子が泊っている宿は比田勝唯一の宴会場 (村本も出来ないこてゃないが) で、花子は宴会における野球拳の立役者。 最後には必ずと言っていいほど全裸にさせられ、散々いじくりまわされた挙句、名乗りを上げた誰かの夜伽をさせられる。 失敗したときは隣町の佐須奈に出向き、秘かに堕ろしてもらうんだと、こればかりは少し悲しそうな目で教えてくれた。
この地を訪問する観光客のほとんどが、こういった例えば佐護や村本の娘、或いはバー桂や料亭の花子のような娘、時には若い頃美しかったと評判のバー白鳥のママなどを転がすためにだけ訪れる。
(…来る場所を間違えたみたい……でも、よい勉強になった……)
風光明媚さとは裏腹に清らかな街とは到底言えなかった。
加奈子はひたすら高浜が街に姿を現すのを待った。 高浜に車で美津島まで送らせるためだ。 来た時の感覚ではとてもフェリーで小倉に帰る勇気がわかない。 それならいっそ、飛行機で帰ろうと思ったからだ。
村から幾人も比田勝に来て良い人を見つけ嫁いだ女の子がいると訊かされても、加奈子は今はもう高浜以外恐らくその気にならないだろうと感じた。 美津島は遠く、行くには相当時間もかかるらしいが、高浜となら苦にならないように思えた。
確かに多少なりともアバンチュール目的でこの地にやってこなかったかといわれると、思い返せばそうでもなかったが、今となってはこの地に残ってこの地の殿方相手に娼婦になるなど到底無理なような気がした。 何と言おうか、あれを見せられたあとでは起こること全てにおいて末恐ろしいのだ。 が、当の高浜は待てど暮らせど加奈子のために外出してくれなかった。
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