過去の過ちを認めようとしない者たち
ところが、部隊は恥ずべき事実をひた隠し、むしろ被害者であるはずの美咲を罵ったのだ。 そんな隊員であっても失いたくなかったからだろうが、給与班は困り果てた。 末席の班であっても人員不足は深刻だったのだ。 応募に名乗りを上げさえすれば家庭の事情など深く追求せず雇うやり方をしてきたものを、この時ばかりは人事自ら自宅に出向き呼び戻したのだ。
戻ってはくれたものの、彼女はすっかり変わってしまっていた。 戻った理由は捨ててくれた隊員を退職に追い込むためだった。 彼女は事実を、鰐浦とはこういう地区であるとそのまま述べたのだ。
そのことをひた隠しに隠し、訓練に励んでいた隊員がいた。 宮原、その人だ。 彼は優秀な隊員であるばかりか、優秀なランナーだった。 唯一、彼が心の奥底にしまっていたのも、それが近親結婚による出生。 彼の体内には美咲と同じ、忌まわしい血が流れていのだ。
彼はそんな黒い噂を吹き飛ばすため、これまで以上に練習に励んだ。 苦しさを自分の心の中に閉じ込め、懸命に訓練を重ねるうちに、あの、加奈子が見たという女性のような病が彼を襲った。
幾度か失神を繰り返し、それでも勤務を続けたが、とうとう勤務中に錯乱し隊務に耐えられないと判断され自宅待機を命ぜられた、その疾病療養中に彼は将来を悲観し遺書を残し自死してしまった。
これにより隊員の、鰐浦を見る目が変わった。 何か恐ろしいものを見るような目をし、村人を避けるようになった。 宮原家はもちろんのこと、関係する美咲にも冷たい目が向けられ、心ならずも彼女も宮原と思いは同じで海栗島を、果ては鰐浦を自分の意志でではなく折り場がなくなり、望むと望まざるにかかわらず去らねばならなくなった。
加奈子が、高浜が去った。 それと同じことが起きたのだ。
不幸はそれだけではなかった。 宮原が属していた駅伝チームの福岡出身の新兵がいた。 足は速かったし体力も他のものに負けてなかったから目立つ孫座愛ではあったが、どこか暗い面があった。 その新兵がある日突然外出先から帰らず島から消えてしまったのだ。 宮原の話しを詳しく聞くにつけ、彼も近い内容のことで悩んでいたせいか、自分では気づかないうちに鬱が始まり、丁度隊の駅伝地区予選の合宿中に成績が不安定という理由でチームから外され病が加速した。
正選手に登録してもらえない不甲斐なさを悔いたのか、はたまた悩みを相談したのに親の態度が悪かったのか。 対馬を脱走し親元に帰らず、合宿地に近い春日井線の電車に飛び込んでしまった。
宮原と違い、彼の親は代々育児放棄を繰り返すような家庭で、宮原と違う点、それは訊くところによると彼の母がまだ若かったころ、実の父との間で間違いをたらかしできた子だったのだ。 宮原と同じく意識喪失を何度も繰り返し、それを苦に電車に飛び込んだというのに、何度連絡しても飛び散った肉片を拾い集める、つまり後始末に来ず、遺骨ももちろん引き取ろうとはしなかった。
これが周辺地域を、殊に部隊内の独身者を一気に不安へと搔き立てたんだろう。 一切の飾り付けが許されない隊舎は常に海鳴りが聞こえる。 気にすればするほど眠れなくなる。 ただでさえ寝不足は躰にこたえる。 気が変になり闇夜の中、脱走を試み、対岸まで泳いで渡る者が出始めた。 無事渡れたものは探し出して連れ戻せばよいが、残念ながら溺れる者まで出始めた。
当直勤務者は、通常の見回りに加え夜間、こういった輩の取り締まりまで行わねばならなくなった。
逃亡を図るだけなら良いが、中に独り親族に佐官クラスの父がいる隊員が泳いでいる途中気が変わり自殺を図ったのだ。 幸いにも入水直後に当直がそれを見つけ、ボートで後を追い声をかけたものだから、慌てた当人は泳いで引き返し、無事海栗島の海岸に泳ぎ着き保護されたから良かったものの、危うく三度自死者を出すところだった。
これによりどうあっても精神が不安定になった者たちから順に人事異動を行わなければならなくなり、望むものから順に代替えのモノを探し出し本土に返すことになった。 問題なのはその中に現地の女の子と、半ば将来を約束したような格好で付き合ってた隊員が少なからずいたことだ。 本土に帰るとなると籍を入れてない以上責任の所在が明らかでなく、したがって彼女らを置いて転勤してしまうということに等しい。 都合の良いときだけ彼女として関係を持たされ、都合が悪くなると捨てられる。 僻地になればなるほど、こういった現象が顕著に現れる。
例えばである。 鰐浦は冬の半間、冷たい海水に浸かりながらヒジキをとる。 が、残りの半年は遊んで暮らすものだから、四六時中朝から庭先に蓆を敷いて宴会が始まる。 酒とくれば女だ。 勢いが付けば相手が誰であろうと睦会う。 悪い習慣だとわかっていても決して止めようとしない。
自分たちで蒔いた種と言えばそれまでだが、こういった事情により、益々地元民と隊員との関係がぎくしゃくし始めた矢先、やはりと言おうか幾世は二股かけてたうちのひとり、高橋が消え。 その結果泊まり込みを繰り返した林田との婚儀が整った。 和江の幾度か高橋と関係を重ねていたが、網元の財産に目がくらんだ後輩の田中が付き合わせてほしいと親に直談判し、婿入りを条件に婚約が許された。
めでたしめでたしというわけではない。 どちらかといえば、ドロドロとした青春の末に拾い拾われなのだ。 いつまた、過去の過ちを繰り返すとも限らない、そのことを、隣近所はもちろん相方も口にできないまま夫婦になっている。
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