鰐浦峠を下って港に向かう道すがら、無数のコヤがあった

そのようにして育った子らが思春期を迎えるころになると、近所の男どもはそのコヤに悪さをするため連れ込もうとし始める。 狭い地区のこと、大人がそうやってみせたので、その子らもそうそう疑問を抱くとか抵抗を試みるとかしない。 そうやって大人にさせられるとそのうち本土から来た男の人に声を掛けられるようになった。 一緒に遊んだ男の子はそうでもないのに、なぜか女の子に限って一段も二段も高みの大人の社会を垣間見させられることになる。
急に優しくされ、親切丁寧に扱われるようになったことで自分は大人社会にとって、いや、地区にとって大切な人なんじゃないかと、勘違いするようになる。 和江はともかく、幾世も美咲もその延長線上で更なる男を咥え込むことになる。 コヤの中で乾燥させた海藻を布団代わりに、次々と男にのしかかられると、当初思ってたほど辛くはなく、むしろ天に上るような心地にさせられ、いつしか快楽目的で漢を迎え入れるようになっていった。
コヤの周辺は迷路のようになっており、通りかかっただけで妖しげな雰囲気にさせられるものだから、殊に初物好きな男どもは周囲の目を盗んではそれに該当する女を追いかけまわす。 集落にとって宝物を仕舞っておく倉庫の周りでだ。 逃げ惑うほうが隅に追いやられたと思ったが最後、決着がつく。 身動きできなくなった相手をコヤに引きずり込みだけだからだ。
良からぬコトでコヤを汚すのは、表立ってはご法度。 連れ込んだほうはもちろんだが、連れ込まれたほうも良からぬことであろうから騒げない。 しかしそれだけに刺激は強い。
しかしそこは大人社会と子供社会の接点でもありどうしても人目に付く。 ……がしかし、最終的にはこれが集落の繁栄を保ち存続させる手段なのだから、親はもちろん隣近所も目をつぶり決して両者を引き裂くようなことはしない。
恋愛は自由、周囲にはそう思わせたいのだ。 だが、現実は少し違う。
幾世は厚生班でゴムを売らされていた。 そのゴムを当初、林田の侵入を許す代わりに付けさせた。 誤魔化されてはならじと、幾世は林田の反り返りを漆黒の部屋にあって手探りで装着させ四つん這いになった。 それが悪かった。 高橋に比べ全身剛毛が現す通り太く長く、底なしの耐久力を誇った。 気が遠くなるほど蹂躙させられ、林田を意識しないではいられなくなった。
幾度かそうこうするうちに幾世にもお客様が訪れた。 林田がではなく、幾世の方が漢欲しさに狂った。 わけても浜田と長時間にわたって恋を語らい、その夜は漢なしではいられなくなった。 そこへ林田の言葉攻めである。 幾世は林田にゴムを装着することを忘れたフリし、その日はナマのまま四つん這いになり与えた。 普段でも始末が悪いほど濡らす幾世はこの夜、林田と己の絡み合う剛毛から水滴が滴り落ちるが如く白濁液を流し続け、獣のような唸り声を発し挿し込まれた肉胴を振り回した。
その夜初めて、林田は幾世の中へ、したたかに飛沫いた。 家の外で見守る義理の姉でさえ嫉妬に狂うほど幾世は林田の肉胴に溺れ、明け方になってとうとう林田に身も心も奪われた。
林田が幾世の部屋に泊まり、幾世を夜ごと手籠めにしたように、コトを始めたほうも見守るほうも息をつめて執り行う。 恋人だの連れ合いだのという思考はそこにはもうない。 あるのはふたりで協力し快楽へと駆け昇るのみ。
そういったやり方を、幾世や美咲が育った環境課の家庭では、加奈子が指摘したように当たり前と捉えられており、当人もこの問題で他のふたりと競うまで疑問だに持たなかった。
たまたまその人とコヤ付近でふたりっきりになったとしよう。 この地だからこそ否が応にもそういった気持ちが沸き起こる。 すると、当然とでもいうように男は女をコヤの中に誘うべく手を伸ばしてくる。 軽く見られたくなく最初は軽くあしらったつもりでも、場所が場所なだけにもつれ合うことになり、相手の体温を感じ始めるとそのうち情熱にほだされ、肌と肌が接触を繰り返したことで、やがて女自身、躰が自然に相手を受け入れるべく反応するようになる。
やっちゃいけないどころか、成長したオナゴにとって男女の交わり、特に他の女とデキていると噂される漢に迫られることこそが己の価値を推し量るひとつの物差し。 それが自然の摂理の如く己こそがその漢を堕とし相手の鼻を明かしてやろうと意気込み、つい許可を与えてしまう。 それが知れ渡ると代わる代わる男に追いかけられコヤに連れ込まれ男女の何たるかを教え込まれることになる。
美咲が小倉で躰を使って生活費を稼いだことも、幾世が己の地位を高めんと言い寄る男どもに条件付きながら躰を開いたことも、いわば女としてきれいに開花するため、生きてゆくための知恵だった。 裕福な地域と言われても、それは一部特権階級の人らのことで、幾世の家庭も美咲の家庭も下層階級。 漢に媚び諂わなければ生きてゆけなかったのだ。
美咲はまだ、小倉という地が分別なるものを表立って言い聞かす人がいたから良かったものの、幾世に至ってはそもそも地区自体それが無ければ平常心を保てなかったものだから、一瞬のためらいののちは男も女も隔たり無く沸き起こる欲情に翻弄され、さもそれが普通であるように互いを貪るようになっていった。
恋と相手と欲望の相手を上手に使い分けることが出来る。 それがこの地特有の文化だった。
その点、和江は違った。 網元の娘として守られていた。 海栗島の3人娘それぞれ性の何たるかを言い寄る男に身を任せ実感させられ、狭い範囲とはいえライバルに寝取られぬよう装い始めると、男が競うように言い寄るようになり、しかもそいうった噂が本島内にまで流れると、和江の親は他のふたりの女のように弄ばれてはならじと、将来を約束してくれたなら許すからその男を家に連れて来いと命じた……というより隊に向かって公言した。
だから最初の漢でもある高橋は網元に婿入りなどごめんこうむりたいと、尻に帆掛けて本土の部隊に逃げだし、取り残され大人の女へと変身した和江がフリーになると、これ幸いと田中が名乗りを上げ、本人の承諾もそこそこに意気揚々親に会いに出かけた。 幾世・林田ペアと同様、和江も曲がりなりにも男を知った躰、高橋がいる間は我慢させてきた詫びもあって田中を泊まりに来させ、両親の承諾の元、婚前の契りを結んだ。
残されたのはこういったことを一切やってくれない親を持つ美咲だけとなった。
ネズミの額ほどの耕作地しか持てない対馬の農業は、同時に岩だらけの土地と相まって本土とは比較にならないほど痩せている。 良い作物を育てるためにはどうしても海で採れた海藻が必要で、美咲の生まれ故郷 鰐浦もこれを畑の肥やしにした。 美咲はその海藻を求め仁田湾内は元より志多留まで足を延ばしコヤを見て回った。 翔太への焦る気持ちを少しでも抑えるためというのが本当の理由だが、同時に彼の役に立ちたいと願ってのことだった。
海流の関係で良質の海藻がふんだんに採れる鰐浦では、メインの海藻であるヒジキは芯 (茎) のみ残し、穂先は全て捨てる。 つまり野ざらしにし、塩分が雨風により抜けると畑に撒く。 しかし美咲がこの度訪った志多留ではこの穂の部分も加工し売りに出す。
それだけ海産物に窮するものだから、海栗島周辺では持ち帰りだにしないホンダワラだとかワカメなどを浜辺に引き上げ、それを持ち帰ってコヤに仕舞う。 貴重な畑や田の肥やしになるからだ。
純粋な気持ちで出かけた美咲だったが、鰐浦とは幾分佇まいが違うとはいえ、コヤはコヤ。 島北部の淫習が脳裏を過ぎった。 コヤの持ち主に海藻を分けてもらえまいかと、頼み込むのでさえやっとの有り様となった。
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