片田舎のバス停にて
何か口に入れようにも、あるものと言えば田圃の脇を流れている用水路の水ぐらいなもので、コンビニもなければ電車に乗った時よくお世話になる立ち食いソバもない。 時間があるから元来た道を歩いて引き返そうとも思ったが、どんなに歩いてもこんな田舎では商店もなければ食堂などというものはありそうにない。
ダーツの旅でよくやる、そこいらで働いている人に訊いてみようと辺りを見回すが、見渡す限り誰もいそうになかった。 どうやらここは、周辺の廃村に近い集落の人々が利用しているバス停のようなのだ。
壁に貼られている広告たるや、もう既に売られていない商品だったり、とっくに閉じてしまったであろう医院だったりと、まるでタイムトラベルしているような雰囲気だった。 唯一、選挙ポスターが貼られており、酷く場違いに思えた。
諦めて、知佳は停留所に引き返す。 年代がかり、埃まみれのベンチに腰掛け、ため息をつく。
停留所の外はポカポカと暖かな、いい天気だ。 空は青く澄みきっており、周囲の緑も、絵の具で塗ったみたいに色鮮やかだ。
日々施設内の喧騒と、ブログへの訪問数やランキングにあくせくしながら暮らす身には、丁度良い気分転換になるのかもしれない。
耳を澄ませても小鳥のさえずりと、木の葉を揺らす風の音だけ、道の脇にある停留所から四周を見回しても、人の影は何処にも見当たらない。
「静かだなぁ……」
ぽつりとつぶやいた声も、吹き抜ける風の音にかき消されてしまった。
あまりにものどかで、静かだったせいだろう。 また睡魔が襲って来た。 バスの中でかなり眠ったつもりだったが、所詮転寝程度。 徹夜まがいの日々を送ってきた身には、まだまだ物足りなかった。
バスか何かが通れば、その物音で目が覚めるだろうと、知佳は次第にぼんやりとしてくる頭で考えた。 悩んでみたところで周りには誰もいないし、今度こそ妙な夢を見たとしても大丈夫だろうとも。
(はぁ~、もう……ホントに……眠い……)
知佳は眠った。 そして夢を見た。
なんと、夢に出てきた場所というのが、自分が今いるはずのド田舎の停留所。 夢にしては景色がやたらとリアルで、ただひとつ違う点があるとすれば、それは目の前に一組の布団が敷かれていたということだ。 けれど、何度も言うように夢なんだから、それを奇妙に思う必要はなかった。
布団の上には、全裸で絡み合うカップルがいた。 それを見て、知佳は唇をわなわなと震わせた。
漢の方は、別れた恋人だった。
さっき見た夢と違って、今度の顔はボケていない。 躰付も、股間にそそり立つペニスも、見まがうことなく彼もモノだった。
—— 何やってるの!?
知佳は精一杯声を張り上げたつもり…だった。 しかし、ふたりは一向に気にする様子がない。 まるでこちらが見えていないかのように、自分たちの世界に没頭している。
—— ああ、素敵なおっぱいだ。
彼は今にも涎を垂らしそうにだらしない顔で、大きな乳房にむしゃぶりついている。
—— ふふ、柔らかいでしょ。
—— ああ、最高だ。 つい最近まで付き合ってた女は貧乳だったからね。 キミと付き合えてよかったよ。
そんなやり取りに、知佳は激しい怒りを覚えた。
(悪かったわね。 どうせウチはAカップよ!)
いったいどんな女と付き合ってるのかと、相手の顔を覗き込んでまた愕然とする。
同じ施設にヘルパーとして在籍する身でありながら、一方ではAV女優ではないかと噂されていた、あの折に知佳に向かって、メイクはちゃんとしたほうがいいとたしなめてくれた後輩だった。
彼女は気立てがよくて、同じ職場の男に言わせると最も好まれるタイプだった。 愛らしい笑顔ばかりでなく、胸元を大きく盛り上げる乳房にも注目されていた。
知佳は美貌だけなら勝てる自信がある。 モデルのようにスレンダーなボディーという観点から見ても、知佳の方が断然上だった。
だが、漢が最終的に求めるのは、女らしい豊満な肉体なのだ。 その点について知佳は、彼女には遠く及ばない。 それに、彼女は入って間もない20代、若さという強みがある。
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アップデート 2024/02/21 12:45
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