干し草の香りに包まれながら
「美咲さんが感じてくれたけん、おいもばり嬉しかった。 素敵やったばい。 ありがとう」
聞きようによってはよそよそしく受け取れないこともない。 これまで幾度となく漢どもはこの言葉を口にしてくれた。 次逢えた時、また抱かせてくれるかいと、受け取れないこともない。
美咲は微笑み、翔太を抱きしめた。 叶うことならそうでないことを祈りたかった。
雨はまだ止む気配がなく、外は美咲が思った以上に暗かった。 翔太とこうなりたくて、空模様が妖しいにもかかわらず畑で頑張り通した。 恵みの雨がビニールハウスへと誘ってくれた。 しかしそれからが長かった。 相手に本当に子持ちを伝える、たったそれだけのことに多くの時間を費やし過ぎた。
美咲はビニールハウスの中で、翔太に抱かれながら、その夜を過ごした。
ふたりともただひたすら躰を重ね合った。 藁という名の干し草の香りに包まれながら、動物のように求めあった。
行為に夢中になりすぎて敷き藁からはみ出し、躰に土がつこうが一切頓着しなかった。 全力を尽くし、お腹がすくと、トマトを手当たり次第にもいで齧り合った。
「好きばい……翔太さん……抱いて……もっと、もっと……」
終いには翔太が困惑するほど美咲にしがみつかれ、腰を振りながらねだり続けられた。
明け方には、雨はやんでいた。 脱ぎ捨ててあった衣服を拾い集め、どうにか着れる状態にしてから美咲に手渡し、それなりに身なりを整えさせると、翔太は軽トラの助手席に美咲を乗せ、民宿まで送り届けた。
「まだ二、三日はいるとじゃろう?」
別れ際、翔太は美咲に訊ねた。
「ええ……予定ではあと三日ほどいるわ。 また遊びん行くと」
美咲は笑顔でこう応えた。 翔太は周囲に気付かれないよう、美咲にそっとキスし、またと一言いうと、手を振って帰っていった。
本土ならともかく、対馬の、それも文化的にひどく遅れている仁田にシャワーなるものは普及していない。 美咲は民宿に断りを入れ浴室で水を浴び汚れを落とすと帰り支度にかかった。 比田勝発峰行きのバスがもう間もなく仁田を通りかかる。 それに間に合わせるべく支度を急いだ。
その日の夕刻、美咲は厳原から博多行きのフェリーに乗った。 博多から小倉までの電車の中、これで良かったんだ何度も自分に言い聞かせた。 翔太のことは、たまたま比田勝~小倉間のフェリーの中でお互いの気持ちがぴったりと一致しただけということにしてしまおうと。 自分には鰐浦を出てからというもの、小倉でそれなりに仕事にありつけていて、食うに困るなどということはない。
翔太は自分にとって珍しいタイプの男だから、一瞬惹かれただけだ。 彼のことは同じ同郷同士、妙に気が合っただけと、後になって思い起こすに違いないから、と。
翔太の、別れ際に垣間見せたすがるような眼と、屈託のない笑顔を思い起こすたびに胸が痛んだが、彼に一度として連絡手段について口にしなかったことを、美咲は後悔していなかった。
比田勝発のバスも、佐須奈を過ぎると乗客はほとんどいない。 ましてや厳原から来て峰で折り返すバスとなると、ほぼ乗客はいない。 比田勝からフェリーに乗ったりすれば、地元民の誰かが探しに来た翔太に告げるだろうが、厳原からなら観光客に紛れてしまえばそれまでだ。
今になって美咲は、何故に高浜が慣れない縦貫道を運転し厳原に向かったか。 彼はきっと寂しかったのだ、と。 加奈子への想いを伝えられないままというのは、如何にも離れがたかったに違いない、と。 そんな風に思わないでもなかったが、自分は違うんだと、本当の恋じゃなかったんだと自分自身に言い聞かせ、翔太との想い出に、敢えて背を向けた。
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アップデート 2024/02/21 12:45
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