布団部屋に、女中のような娼婦が閉じ込められていた
建物は全多義的には広いものの、V字に切れ込んだ谷の一番奥に建っているため平地に乏しく、斜面に沿って建てられており、加奈子が止まった部屋は右側の斜面の最も低い位置にあった。
他にもっとましな部屋はないだろうかと、宛がわれた部屋を出て斜面の右側の建物内を歩き回った。 だが、残念なことに宴会場以外、ほぼ似通ったような部屋ばかりだった。 このあたりではどうやらこれが普通らしい。
加奈子に宛がわれた部屋のほど近いところに従業員部屋があった。 室内は派手派手しく飾り立てられてはいるが、よく見ると中身は加奈子のそれと似通っていた。 違う点は、加奈子は自由に外歩きできるが、従業員らしき女性は拘束に近い状態で部屋に据え置かれてるようなのだ。
「花子、お客さん」
帳場らしきところにいた女将さんらしき女性が、その部屋にいた女に声をかけた。 呼び声が聞こえた直後に、身なりはそれなりの格好はしているが、どう見てもお客さんとは沖合が時化ていて港を出ることが出来なく、比田勝港に錨を下ろしていたイカ釣り漁船の船員らしいのだ。
「は~い、今行きます~」
九州訛りではなく、標準語で返答する女の子。 部屋を出て行った女の子は斜面の左側の部屋群にうれしそうに向かった。
花子と名乗るその子が自分の部屋から出て、また部屋に戻ってきたのは入ってから凡そ2時間程経過したころだった。 加奈子は部屋を宛がわれてすぐ、この花子という女の子と親しくなれたので、機会を見ていろんな話しをした。 花子は加奈子に東京のことをあれやこれやと訊いてきた。 加奈子も負けじと花子に対馬について問うてみた。
「さっきから気になってたんだけど……花子ちゃんて地元じゃないんだ」
「なんか変? そんな風に見える? そんなお姉さんのほうがよっぽどヘン」
変なのは私じゃなくてあなたよと、この際言ってやろうと思ったがこの時もやめておいた。 地元の人とまともに会話することが出来ない以上、この子と話す以外になかったし、言ってみても無駄だと思ったからだ。
「それにしてもきゃぴきゃぴの部屋ねえ、こういったことが趣味なの?」
ベッドの天蓋にカーテンではなく大漁旗がぶら下がっているのに、周囲を取り巻くのは大小入り混じった縫い包み。 これらのものにそれほどきょう興味はなかったが、今どきの女の子の気持ちをなんとか気持ちを解きほぐすため仕方なく加奈子は花子の趣味について訊いた。
「うん、部屋の中で独りで過ごすと気が滅入るから……でも、気に入ってくれてうれしい」
余程こういった趣味について誰かに意見を聞きたかったのだろう。 数々の置物の、例えば人形ひとつひとつについて、また、部屋中に下がっているカーテンについて、意見を聞きたがった。
仕事中の女の子を捕まえただ単に話しばかりするのもと、花子に頼んで飲み物とおつまみをとってもらった。 それらを運んできてからというもの、花子の様子が一変した。 あれほど話したがらなかった自分の生い立ちや、客層についてぽつぽつ話し始めたのだ。
「ウチね……、お姉さんの言った通り、ここの島の人間じゃないの……」
「でしょうね。 雰囲気もそうだけど、第一言葉づかい自体違うもん」
「東京のヒトって、勘が鋭いんだぁ~。 お客さんでウチが地元民じゃないって気づいた人、いなかったよ」
変な褒められ方をしたように思え、気をよくして飲み物とおつまみの追加を頼んだ。
「まあまあ花子、良かったわね。 良いお話し相手が出来て」
帳場から注文したそれら一切を運んできた女将さん風の女性が、こう言い置いて部屋を出て行った。 その直後だ
「御母さんも喜んでくれてはる。 それでね……ウチ、ひょっとして湯田温泉辺りの出じゃないかって思うんだ……」
寂しそうに、しかも小声でこう言う。
「…じゃないかって……自分の生まれた場所がわからないの?」
花子に合わせひそひそ声で訊いた。 女将さんと花子との間に、何かいわくありげに思えたからだ。 どう見ても花子は未成年、その彼女が女中の真似事をやらされてること自体、見過ごせない。
「うん……いつも今いるトコからどこか場所を変えさせられるとき、周りが見えない状態の中連れていかれるんだ」
「……連れていかれるって……誘拐? じゃあ、先ほどのお客さん……まさか花ちゃん、躰売ったの?」
女将の警戒心が薄れ、聞き耳を立てることがなくなったこの機会に、この宿で疑問に思ったことを訊きだすしかなかったので、イの一番に先ほど入ってきた客についてこう問うてみた。
「いつも来る……なんだか北の方の旦那さん……」
花子はその男をお客さんとは言わなかったし、躰を売ったとも言わなかった。 しかし、旦那さんと相手を名乗ったからには花街結婚をさせられたという意味に受け取れないこともない。
「部屋から出れないのは……、ひょっとして女将さんが見張ってるから?」
廓から女郎が逃げ出さないよう男衆が見張る。 ここではそれを女将さんがやっているのかと問うた。
「うううん、勝手に出て行ったら叱られる。 道に迷ったらどうするんだって……」
遠回しな言い方だったが加奈子には理解できた。 ここがどこで、どのような経路を辿って来たか、それですら教えなければ逃げ出しようがない。
花子は言い終わると、寂しそうに俯いてしまった。 加奈子が旅館と思って宿をお願いしたのは、実は料亭を装った売春宿で建屋の右斜面半分は従業員を兼ねた娼婦と一般客用、左半分が床入りに使われる部屋のようなのだ。
加奈子は思い切って3度目のお代わりを頼んでみた。 今度も女中ではなく女将さんが膳を運んできた。 きたきた、チャンスと加奈子はこれまで疑問に思っていたことを口にした。
「あの~、女将さん。 この島って、どうしてお隣同士仲が悪いの?」
花子との話しの続きであっては女将さんにとっても都合が悪かろうからと、加奈子はまず他人様のことについて訊いてみた。 もし当たってたら、あの集落の男衆は挙ってここの客だからだ。
「島はこう見えて海産物の宝庫。 冬場の半年働けば、残りの半年遊んでいても十分食っていける。 しかも海産物とは多くがヒジキで、それ以外に岩海苔・ウニを少量出荷するだけ。 あれほど豊富な天然ぶりや底物と呼ばれる魚をほぼ出荷しない」
こうを語ってくれたが、雰囲気的にお客様といった口ぶりではない。
「大切な漁場を守るため、他を寄せ付けないようになったんじゃないですか」
地元民とは思えな流暢な言葉遣いで、こう応じてくれた。 要するに通り一辺倒のことなら知ってますよと言ったのだ。
「じゃあ、隣近所はどうなんですか? ここに来る前、鰐浦の民宿で夜中に叫び声が確かに聞こえたんだけど、民宿のご主人はほっとけというんです」
比田勝もそうなのかと訊いたつもりだった。 ところが、恐らく訊いてないふりして花子と加奈子の話しを立ち聞きしてたんだろう。
「ああ、あれね。 近親相姦よ。 叫んでたのは気が狂った女じゃなかった? 何かの弾みで座敷牢から逃げ出したんだわ」
こともなげに言ってのけた。
漁場を守るため他を寄せ付けたくない。 そう言った考え方なものだから婚期が来ても当然相手がいない。 自然、近親者同士の婚姻となり、時が経てば劣性遺伝で人によって発狂してしまうこともある。 そう言いたかったようなのだ。
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