知佳の美貌録「奇跡の生還」
弟がまだ3歳になったばかりの頃、母に連れられて朝から電車を乗り継ぎ買い物に出かけたことがある。
電車で駅をいくつも乗り継ぎ、それこそ久美ですらわからなくなるほど何度か乗り換えて出かけた。
久美には向かった先が何処なのかさっぱりわからなかった。
母が何を買いたかったのか、何故そんなに遠くまで出かけなければならなかったのかなどについても知らないし、間借りしていたおばさん宅での会話の中でも一切聞かされていない。
母の好子は勝手気ままな性格だ。
思いつけば何処まででもひょいひょいと出かけるような人だった。
この日も急に思い立って出かける用意をし始めた。 思いつめたような顔をしながらである。
第一、この日久美や弟を買い物に連れ出す必要性などどこにもなかった。
だのに好子は、この日に限ってふたりの子供を連れて出かけた。
男尊女卑
その子供たちについても、自らは気付いていないが、久美と弟を比較すると極端な好き嫌いがあった。
普段から弟の手を取ることはあっても、久美が自分も手を繋ぎたくて差し出すと、邪険に振り払うような母だった。
小学校にまだ上がっていない久美に、家事は何でも押し付けたが、弟には台所に立たせるなどということは絶対させないほど、可愛がる度合いは偏っていた。
その母に、何故なのか今もって不明だが、ともに連れられ出かけた先のデパートで、弟は迷子になった。
同じ男と結婚離婚を繰り返したことでもお分かりと思うが、事オトコのこととなると好子の眼の色は変わる。 それ以外の目的では、それほど外に向かって行動を起こそうとしないのに、恋だの愛だのになると、まるで支離滅裂な行動をとる。
あろうことか混雑するデパートの中で、恐らく頭の隅をそれらの事がよぎる何かがあったのだろう、ついつい弟の手を放し、勝手気ままにふらふらと彷徨い始めた。
目的が買い物だったはずが、いつのまにか買い物ではなくなっていたように久美には思えた。
久美は懸命に母の後を追った。だが、手を放され置いて行かれた弟はいつの間にか人ごみに紛れ行方不明になった。
久美は弟の姿を見失ったことを何度も好子に告げるが、好子は好子でそれどころじゃないと言った風に険しい顔つきで先を急ぎ、ことさらに「弟が・・・」と言い張る久美を今度は邪険にあしらった。
やがて行き着いた先で我に返って、自分のしでかしたことは棚に上げ、「なんで弟の手を放したの! ちゃんと見てないの!」と久美を詰った。
弟を群集の中で見失ってしまっているが、そうかと言って自分の足で探すような性格の好子ではない。
その足でデパートの事務所に取って返した。
あなたたちが悪いんだと言わんばかりに事務所の職員を怒鳴り上げ、デパートの店員や警察を動員して探し回らせたが、とうとう陽が暮れゆくころまで見つからなかった。
警察の説得に応じ、ようようデパートを離れ暮れゆく街を家路に向かった。
帰り着いてみると弟は庭先で独りで遊んでいた。
変なところに連れて行かれるような気がして、行きがけから乗り換えの駅名を全て記憶し、手を放され置いて行かれた瞬間に来た時と逆コースを辿り自分一人で引き返して帰ってきたと言った。
久美は物心ついた時から母を信用していなかったが、どこか頼りたいという 母恋しさに似た気持ちもあった。 だが母は生来のオトコ好きであることも久美は知っていた。 母として親として生涯にわたって信頼できる存在ではなかった。 大切に育てられたはずの弟は、久美以上に冷徹に母の好子を見つめていたことになる。
時代考察
〇 美人局、つまり結婚詐欺のような嫌疑をかけられ母はムショに入った。
〇 女衒は私財を叩いて孫娘をムショから受けだした。
〇 ムショから釈放され久美たちが待つ家に帰り着いた。
〇 久美と弟を連れ夜逃げし、暁闇の汽車から線路上に飛び降りた。
上記の出来事を勘案すると、この3歳児の迷子のくだりでは夫の幸吉の存在が薄いため、恐らくムショから釈放されたとき夫の幸吉への浮気の疑いを抱き、怒りに任せ夜逃げ。 その後離婚となり女衒宅に居候していたが大阪の、あの空気を忘れられず一時期バツイチの身で大阪に舞い戻ったのではなかろうかと思われる。 舞い戻ってはみたものの友達宅に身を寄せてたことから女の心理というものであろうか、不安定になり子供ふたりを連れてデパートで何かを物色した。 それを弟は不安がったということであろう。
久美の就学の件について
好子はここでも書いた通り、子供の就学の何たるかをほぼ知らない。 未就学児を大阪から田舎に引き上げさせたものだからトンネル工事の現場で役所から強引に呼び出された時のようなことが起こってはと、それもあって大阪に舞い戻ってみた。 離婚届は田舎で行っているから、それに合わせ住所変更も行ってしまえば済むことであったものを、知識が乏し故に大阪でなければ就学できないものと思い込み、舞い戻ったのではないかと思われる。 しかも短期間ではあるものの大阪で就学させ、だが、夫がやらかした不倫が頭から離れず、子供のことを振り返るゆとりを失い、このような失態を犯してしまい、再び女衒宅に 元夫の肌恋しさにだが 久美を転校させ帰って来ている。
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