知佳の美貌録「夫を兵役で失った妻は子を養うため身を売る人もいた」

女衒がどうのこうのと、いかにもすべて女衒が悪いようにこれまで書き連ねてきた。
だが考えてみればこの時代、山奥の百姓の家に生まれたから、食うものはたんとある筈だと言っても必ずしも安泰というわけにはいかなかった。
それなりの土地を所有する家の嫡男(大地主 庄屋)でなければ家を出て食い扶持を稼がなければ、新たに開墾でもしなければ生きてゆけない。
ましてや女は嫁いだ先の家になじまなければ、子を生さなければ追い返され、それだけで生きる権利を失うことになる。
女衒のような商売があったればこそ、これらの女もそれにすがり生き抜いていくことができた。
鬼のように見え仏の面も併せ持つ、いわば閻魔大王のような存在とでもいおうか。 それでも寡婦らには仏様に見えたという。
兵役で夫を失い途方に暮れる妻の悲哀 - 要するに漢っ気を失った女が食いつないでいくため資産のたんまりある旦那衆を世話し春を寿がせ、お互い暴れる性を成就させてあげる。 いわゆるシモの世話や衣食住の差配を彼はこの時代職業としたのである。
殊に親の言いつけで出征直前に祝言をあげさせられ、済ませることは済ませたが戦死の報が入ったり行方不明などにより夫が帰ってこず、途方に暮れる女(戦死したことによる寡婦)は数多く、一家の力仕事は勿論だが閨にしても誰某が秘かに漢を世話せねばならず、秘め事と言われるだけに秘匿第一で女衒はそれでまた一儲けした。
時代が時代だけに職もなく、飢えているとはいえ妾奉公をロハともいかず、有力者に密かに身を任せ糊口をしのぐ寡婦(お妾さん)が後を絶たなかったからで、漢の存在そのものが貴重な時代、爺様でも貴重な存在であった。
「あら!〇▽さん 何か用?」
「いやなにね、ちょっと近くを通りかかったもんだから・・・」
右手にぶら下げた御用帳を入れた風の巾着を掲げ、元軍人の妻に頭を下げる女衒。
中身はというと家の押し入れの奥に大事に仕舞ってあった今年穫れたばかりの新米が5合ばかり潜ませてあった。
「あらっ! こんなに・・・ すみません、今お茶入れますから・・・」 たかだか5合と笑うなかれ
久しく粥さえ口にできなかった手前、銀シャリを我が子にと思うと、神軍の元妻もつい気が緩んだ。
「うん? 出がらしか?」差し出された、ほぼ白湯のような煎茶を前に 聞こえよがしにつぶやく女衒。
「・・・口に合わなかったでしょうか・・・」
すまなさそうに頭を下げた神軍の元妻
「いんや、これはこれで格別」 それとなく褒めた。
軍人恩給でなんとか暮らしを立てているこんな瀟洒な家は自給自足用に畑を作ろうにも土地が狭く土台無理な話。
そこで生け垣代わりに茶の木を植えるものもいた。 茶葉を摘み、竈 (くど) に1斗缶の蓋を渡し、残り火で手揉みしつつ煎る。 この茶は手作りの煎茶風の番茶なのである。
「あんなもんで喜んでもらえるんなら」知り合いに頼んで持ってこさせようと、約束まがいの口をきくと、相手が何か聞こうとする前にさっさと帰ってしまった。
「ふん、相当難儀しておる割に気の強い女だ」
女衒が軒先に現れる。 普通の人間ならそれだけで用向きはわかろうというもの。 それを手土産の中身を渡す前から先読みし、ちゃっかり受け取っておいて出がらしのような茶で腹を探ろうとした。
「まず食い物を覗かせる相手を探さにゃ~なぁ~」
豪農に一荷(いっか)背負わせ窺わせれば、或いは・・・ そう見当をつけると行動に移すのは早かった。
漢どもというのは祭りごとがあり宴がたけなわになるとシモの話しをしたがる奴が必ず現れる。
それを聞きつけておいて後でそ~っとオナゴを紹介する。
女衒の手であった。
その漢に用事がある風を装って昼間寡婦のもとを女衒の言いつけ通り訪れさせる。
荷を受け取り、中身を調理して出そうとするようなら半ば妾奉公を了解したことになる。
その日のうちに出された出がらしの茶で盃を交わそうものなら尚好し、次に来た時湯を沸かして待つようなら湯殿なり、湯上りに背中に回るなりすればコトは成れる。
その輩どもというのが赤紙一枚で招集され戦地に散った甲種合格の強者ではなく、もちろんな位置に残り銃後の守りを固めた軍人さんでもない。 彼らこそ例えば軍事調練の折知ったかぶりで教官を務める老いぼれどもだ。
旦那衆とは戦地で使い物にならないとされた後方部隊の生き残りの老兵が主だった。
おまけに物資が行き届かず米野菜の類はあるものの肉は滅多に手に入らないから食っていない。
下腹に力が入らず女盛りの見目麗しい寡婦を前にしても空弾を撃つのが関の山。
それでも短い人生、一度ぐらい見目麗しき女性を抱いてみたいと願うのは古今東西同じである。
おまけに、寡婦の方こそ将来生きてゆくための保証を得ることに必死であるからして老兵の失敗も失敗と認めようとしない。
決心し望み始めたからにはあくまでも中に撃たせるのである。
若い漢の数が絶対的に足りてない逆ナンこそ国益に準じていたこの時代、女は生き恥を晒し数ある寡婦の中でほんの少しでも良き旦那を得ようと凌ぎを削ったのである。
つまり金さえあれば、空弾であっても撃ちたくなれば老兵は望み通りの見目麗しき妾を持ち幾らでも中に放てた。
時は戦中から戦後、娯楽に現を抜かすことが許されるご時世でもあるまいに女衒が稼ぐ・・・それだけ実は身を売る(妾奉公 行き場を失った)女が相当数いたことを、この主人公の母(仮に好子としよう)は祖父の職業柄知り得ていた。
隠れ忍んで手を握り春を謳歌し合った つまり旦那が持ち込んでくれた僅かばかりの衣や食で、別の欲も手伝ってか躰を開くものもいた。
恐れていた事態に遭遇し孕んだ子の始末にすったもんだの挙句女衒の仲裁を仰ぐ(零細農家に子を売る)。 そういったことも少なからずあった。
食いたいものも食えず、軍人の嫁というだけで率先垂範、時として軍事調練というものに駆り出され身も心も細る。
旦那衆になろうとするものは血の気を失った女に三度三度食い物を与え、着飾らせ紅をささせる。
たったそれだけのことで見違えるほど魅力を取り戻してくれる。
新たな恋路に走れる。
魔性の魅力を秘めている若い女は妾の味を覚えると普通の勤めを嫌がった。
農閑期、近隣の花街に飯盛り女として出稼ぎに出るお百姓の妻たち。
彼女らのような恵まれないといえば恵まれないが、土台野良仕事で汗にまみれ、それでも立ち行かぬ現状に春をひさぐのも生きる知恵と割り切る世襲(女同士の申し合わせ)があったのは気の毒ではあるが確かだ。
枕芸者として売られてきた女の子は田舎に残して来た家族を思うにつけ街一番の売れっ子になろうと努力していた。
それを、貧農ゆえ立ちゆかぬ現実を見知っていたからこそ、その妾奉公のような状態に身をやつした軍人の妻の行く末も興味あって盗み見てきた。
漢の意に染まり、国のため家族のためと言いつつ亡くなった亭主の子や亭主の実家を顧みようとしない、旦那衆が来れば夜を徹して繰り広げられる色事にすっかり溺れ切ったオンナをである。
好子はだから将来自分は絶対にこうならないよう、日頃から好みの漢とみるや他の女に寝取られる前に誘い掛け関係を持ってみたりもした。
有望な漢を見つけ結婚して自分を袖にした鉄道員とその家族を見返してやるんだと、心の中で息巻いていたときもあった。
自堕落な生活を続けながらも たかが女と馬鹿にされないようにするんだと心に誓っていた。
だがそれは真の漢を知らない初心な少女のうちだけだった。
そんな女の子にある日の午後転機が訪れた。
いつものように遊びがてら列車に乗って近隣の町に出かけた帰途、同じ列車にいかにも風采の良い学生(襟の交章で見分けた)らしいが・・・ 彼女より幾分背は低かったように見えたが 漢前が乗って来たのを目ざとく見つける。
すかさず後をつけ、周囲に民家がなくなると意を決して声をかけた。
この時代は近代と違い、男子(だんし)はとかく女子からこの手のことで声を掛けられる機会が多かった。
多かったが、それは面と向かってではなく密かに手紙を手渡すとか懐やカバンの中に恋文らしきものを投げ込む、或いは人づてに気持ちを伝えるような消極的なもの。
つい先ほど列車の中で初めて顔を合わせた女にいきなり声を掛けられ、付き合えと言われ「お断り」の返事を返せるほど手練手管と言おうか場数を踏んだ学生はまずこの時代いなかっただろう。
件の漢もまさにその典型的な業態をなした。
モジモジと返事に窮する漢の手を取ってさっさとその日のうちに関係を持ってしまったというから、女衒の孫娘はこの漢と違って相当数場数を踏んできたことは確かだろう。
見目麗しき女性に手を引かれつつ、あの「遥か向こうに枕芸者衆の棲む街・・・」のそれ目的の宿に入り床を共にする。
学生の分際で、大人の漢の世界で秘かに許されていた娼妓を買うのではなく素人の美女と昼日中・・・、あってはならないことをしでかしてしまった。
大事な学業を放り出してでも責任を取らねばならない。 そう決心させるに足るほど当時の女衒の孫娘は魅惑的だったのだろう。
かくして地方の名士の息子で神童と謳われた学士の漢は、知らぬこととはいえ女衒の孫娘によって心身ともに奪われた。
このことが後に意外な方向に向かってこの一家を押し流していくことになる。
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