知佳の美貌録「地方巡業中の大山名人にスカウトされた幸吉」

こちら側で機会を見つけ頼み込んだのか、それとも噂に聞く神童の腕のほどを試したくて足を向けたのか。
ともあれ幸吉は名人にスカウトされた。
当時のことだからこの報は、まるで我が町に神童 藤井〇太現るの如くであろう。
その報、自慢話しによれば神童をわざわざ名人が東京からはるばるスカウトに来たかのような騒ぎになったのではないかと思われる。
幸吉が酔うと必ず口にする自慢話しであるからして定かではないが・・・ 地方の多少名士とはいえ、たかだか村会議員とその息子の話し。
近隣近在の嫉み妬みもあったろう。 ともあれ幸吉は名人に伴われ盛大な見送りを受けお召列車 (当時幸吉を見送った人々はこう思った) に乗せられ連れて行かれ東京の名人宅に住み込みの弟子として入ることになる。
当時の将棋界は今と違って テレビなど無いし、性質上大会場で多数の観客を入れ対局など行われない。 従って高収入に通ずることなど滅多にない。 だから賄賂を積まれ大山は女衒の街に来たのかもしれないが・・・
プロと言っても他になにがしかの収入が無ければ食うにも困る。 幸吉の場合、衣食のほぼすべてが仕送りで賄われた。 だから弟子入りした折、議員はたんまりと袖の下を渡したと思われる。
因みに、弟子と言われ出入りする者は星の数ほどいたそうである。
何度も言うようだが名人であっても、そう度々賞金のかかったプロ同士の対局があるわけではない。
だから、普段は頼まれた市内の素人相手に、苦戦を強いられたフリして打たせてもらい、誉めそやし袖の下を頂き食いつないでいたのである。
弟子入りと言っても名人自ら過去の対局表を手渡してくれ教え込もう、名人に仕立て上げようというような人ではない。
大山名人門下とは名ばかりで、腕を上げようとすれば自助努力するしかなかった。
将棋道場があれば顔を出し教えを乞うしかないが、悲しいかな幸吉は訛りが抜けず恥ずかしくて口を利くこともできない。
それに加えプライドが高く、よぼよぼの爺様や自分より歳下のものとどうしても打てない。
負けてあげ、対局者がどんな考えをもって勝負に臨んだかを計り知る・・などということが頭では解っていたがどうにもできなかった。
グズグズと時を過ごすうちに後輩がどんどん位(段位)を上げ、置いて行かれ始めた。
下働き (大山家での丁稚奉公) だけが増えた。
裕福で、なに不自由のない家庭に育った幸吉には同期生に負けるとか、親以外の人(名人や諸先輩)から叱責される悔しさが耐え切れなかった。
加えて、元来地道な努力ということが性に合わなかった。
じぃ~っと人の対局を見せてもらいつつ駒の進み具合を書き留め、誰もいないところで密かに自分なりの対局を組んで鍛えるなどということが生涯できなかったのである。
いつしか仲間同士での勝負を避け、優越感に浸れる街の賭け将棋にうつつを抜かすようになり、破門同様脱走同然に故郷に舞い戻ってしまう。
大山名人にとれば飯の種が逃げたということになるので、おそらく破門ではなく夜逃げであったろう。
大山門下になれるとは近来類稀なる出世と喜んで送りだした親も変わり果てて帰ってきた息子に落胆し、それなら学業で身を立てればと地元の進学校に(それまでは就職組の高校に籍を置いていた)金を使ってねじ込んだまで良かった。
まずまず安心と思われたがいかんせん学業を途中でやめて大山門下生になったということは復学しても同学年の輩は自分より年下ということになる。
ブランクがあるということは追いつけないほどの学力差がある。
これが大山門下生であったプライド上癇に障った。
誰でも良いから振り返らせてやろうと校区が違う隣の街まで列車に乗って制服姿(高下駄を履いたバンカラ・スタイルで)のまま出かけ歩き周った。
性に飢えるということはこれほど露骨なものなのか。
チビでひねくれ面の幸吉を、漢どもがこぞって追いかけまわす美人の好子が列車の中で明らかに目の色変えチラ見し、追いかけまわす。
変な構図だが彼にしてもわざわざ遠くまで丸一日かけて遠征し、足を棒にして歩き周りまるっきり成果が見いだせず引き揚げてきた負け犬を、イライラしていた好子が見つけ、失いたくなくてともあれと旅館に誘い込んだのである。
某有名進学コースにねじ込みやれやれこれで末は安泰と親は思っていたであろうその矢先に女と惚れた腫れたの末に学業そこのけで遊び呆け、挙句の果て親に内緒で結婚の約束まで(普通は親の言いつけや仲人を通しての見合い)交わしてしまっていた。
それもあろうことか議員の屋敷に出が穢多である女衒の娘を引き入れたとあっては勘当同然、嫡男であっても当面出入り禁止となるに決まっている。
こののち幸吉は、何かにつけて【大山名人の・・・」「お前らとは出来が・・・」と、家族に向かって威張り散らし(外では当初、借りてきた猫のように大人しかった)、酒を浴びるほど飲んでは手当たり次第にモノを投げつけ(ちゃぶ台返し)母子(息子には手を上げず女にのみ手を上げた)を殴り飛ばし暴れた。
その都度好子は何故かこのチンクシャの横暴に「はいはい」と従い都落ちしてみたり、飲んだくれで甲斐性なしのくせに酔うと「見果ての夢」を口走る男の、実際無理と家族でなくても誰でも分かるその「見果ての夢」を共に追いかけてみようとするのである。
そのしわ寄せは当然一緒に生活する子供たちに、後々まで及んだ。
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